深い思考を促す公民の問い
機会費用とアンガジュマン
次の文を読んで,あとの問いに答えなさい。
かつて『○○○ 』で悲観的な世界像を描いたT.R.マルサスは,次のように推論していた。所得が生存可能水準を超えると,結婚が早くなり,人びとの性行動が活発になる。その結果人口が増える。しかし食糧をはじめ乏しい資源をめぐる競争も激しくなり,結局,所得は生存可能水準以下に落ちてしまう。それに応じて人びとは結婚を遅らせるため,人口は減少,その結果として資源獲得競争はやわらぎ,所得も生存可能水準に回復し,均衡状態に戻ると説いた。
マルサスが予想できなかったのは,子供をもつという行動が,単に所得に依存する(所得効果)だけではなく,子供をもつことの費用(子供の費用と消費財価格との間の代替効果)にも依存し,後者が先進工業国では大きなファクターになるという点である。子供をもつことの費用とは,衣食のための支出だけではなく教育の費用も含まれる。この教育費がいずれの先進国でも家計支出のなかで大きな割合を占めるようになった。しかし実は,さらに大きな隠された費用がある。それは家庭の外で仕事をするのではなく,家事や育児といった家庭内の仕事に専念した場合に失う所得が,「子供をもつことの費用」として俄然大きくなったことである。この隠された費用は,経済学では「機会費用」と呼ばれる。マルサスが,所得の上昇に応じて子供の数が増えると論じたことは,その限りでは正しい。しかし子供をもつことの「楽しみ」に,実は費用が付随し,その費用が高度産業社会では途方もなく大きくなってしまったことをマルサスは予想できなかったのである。
「入門・経済学 第3版」(有斐閣)による。
Iレベルの問い
・マルサスの書いた書物の名を『○○○』に記しなさい。
・マルサスは何世紀のどこの国の人ですか。
Cレベルの問い
・子供を持つことの機会費用として具体的にどんなものがあるか述べなさい。
・なぜ高度産業社会では子供を持つことの費用が大きくなるのか,説明しなさい。
・先進工業国をいくつか取り上げて,「子供をもつことの費用」が国によってどのように異なるか比較しなさい。
Eレベルの問い
・『結婚する・しない,子供を生む・生まない」という女性の自己決定権と,人口増加あるいは人口減少による社会への影響との関係について,見解を記しなさい。
・わが国の少子化について,機会費用の概念を用いて将来にわたる影響を考察し,望ましい施策を提案しなさい。
※Eレベルのところに記したように,自己決定権を尊重することと,そのことによる影響を自分の責任として受け止めることとの両立は,実社会ではなかなか難しいことです。たとえば,かつて大学生の国民年金への加入が任意だった時代には,年金に加入している学生は少数派でした。ところが国民年金には,一般的にイメージされている「老齢年金」のほかに「障害年金」「遺族年金」もあります。年金に加入してなくて障害を負った大学生が,障害年金が支給されないことを不服とするのは,自分の意思で年金に加入してなかったこととの整合性を持ちません(社会保険でなく公的扶助として給付すべきである,という論理はありえます。しかし,当たらなかった宝くじを払い戻しさせろ,という論理なら,理解を得るのは難しいでしょう。)。これを「それは障碍者差別」あるいは「女性蔑視」と断じて相手を黙らせようとしたりすると,相手は心を閉ざし,考えは変えずに潜行するかもしれません。
自分の意思決定がどのように社会に影響を与えるか,というのは,サルトルのアンガジュマンに見られるように,深く考える意味のあるテーマです。あるいは,フロムの「自由からの逃走」とも関連付けられるかもしれません。答えが一つではないテーマで深く思考させるには,教師側の度量の広さが欠かせないでしょう。
かつて『○○○ 』で悲観的な世界像を描いたT.R.マルサスは,次のように推論していた。所得が生存可能水準を超えると,結婚が早くなり,人びとの性行動が活発になる。その結果人口が増える。しかし食糧をはじめ乏しい資源をめぐる競争も激しくなり,結局,所得は生存可能水準以下に落ちてしまう。それに応じて人びとは結婚を遅らせるため,人口は減少,その結果として資源獲得競争はやわらぎ,所得も生存可能水準に回復し,均衡状態に戻ると説いた。
マルサスが予想できなかったのは,子供をもつという行動が,単に所得に依存する(所得効果)だけではなく,子供をもつことの費用(子供の費用と消費財価格との間の代替効果)にも依存し,後者が先進工業国では大きなファクターになるという点である。子供をもつことの費用とは,衣食のための支出だけではなく教育の費用も含まれる。この教育費がいずれの先進国でも家計支出のなかで大きな割合を占めるようになった。しかし実は,さらに大きな隠された費用がある。それは家庭の外で仕事をするのではなく,家事や育児といった家庭内の仕事に専念した場合に失う所得が,「子供をもつことの費用」として俄然大きくなったことである。この隠された費用は,経済学では「機会費用」と呼ばれる。マルサスが,所得の上昇に応じて子供の数が増えると論じたことは,その限りでは正しい。しかし子供をもつことの「楽しみ」に,実は費用が付随し,その費用が高度産業社会では途方もなく大きくなってしまったことをマルサスは予想できなかったのである。
「入門・経済学 第3版」(有斐閣)による。
Iレベルの問い
・マルサスの書いた書物の名を『○○○』に記しなさい。
・マルサスは何世紀のどこの国の人ですか。
Cレベルの問い
・子供を持つことの機会費用として具体的にどんなものがあるか述べなさい。
・なぜ高度産業社会では子供を持つことの費用が大きくなるのか,説明しなさい。
・先進工業国をいくつか取り上げて,「子供をもつことの費用」が国によってどのように異なるか比較しなさい。
Eレベルの問い
・『結婚する・しない,子供を生む・生まない」という女性の自己決定権と,人口増加あるいは人口減少による社会への影響との関係について,見解を記しなさい。
・わが国の少子化について,機会費用の概念を用いて将来にわたる影響を考察し,望ましい施策を提案しなさい。
※Eレベルのところに記したように,自己決定権を尊重することと,そのことによる影響を自分の責任として受け止めることとの両立は,実社会ではなかなか難しいことです。たとえば,かつて大学生の国民年金への加入が任意だった時代には,年金に加入している学生は少数派でした。ところが国民年金には,一般的にイメージされている「老齢年金」のほかに「障害年金」「遺族年金」もあります。年金に加入してなくて障害を負った大学生が,障害年金が支給されないことを不服とするのは,自分の意思で年金に加入してなかったこととの整合性を持ちません(社会保険でなく公的扶助として給付すべきである,という論理はありえます。しかし,当たらなかった宝くじを払い戻しさせろ,という論理なら,理解を得るのは難しいでしょう。)。これを「それは障碍者差別」あるいは「女性蔑視」と断じて相手を黙らせようとしたりすると,相手は心を閉ざし,考えは変えずに潜行するかもしれません。
自分の意思決定がどのように社会に影響を与えるか,というのは,サルトルのアンガジュマンに見られるように,深く考える意味のあるテーマです。あるいは,フロムの「自由からの逃走」とも関連付けられるかもしれません。答えが一つではないテーマで深く思考させるには,教師側の度量の広さが欠かせないでしょう。