深い思考を促す地理の問い

鉄道に関連する写真から考察させます。自分の趣味の領域は基礎知識が豊富なので細かく問いたくなりますが,そのことに詳しくない人でも考える気にさせる(考える意味があると思わせる)問いであることが重要です。
画像 問題例 留意点
岩徳線西岩国駅の構内 Iレベル
・ ここはどこですか。
・この写真を見て気づくことを述べなさい。

Cレベル
・ この駅はかつてどのような存在だったと考えられますか。
・ 海岸沿いを通る路線が先に開通して山陽本線となり,後に山間部を通る距離の短いこの路線が一時山陽本線となり,戦争末期に再び海岸経由の路線が山陽本線となった経緯について,当時の貨物輸送が鉄道中心であったことに注目して説明しなさい。

Eレベル
・この地域の今後の街づくりを提案しなさい。
岩国-櫛ヶ浜間の海岸沿いを通る現在の山陽本線が全通したのは1897年(明治30年)ですが,その後,山間部を通る路線(現在の岩徳線)が1934年(昭和9年)に全通し,こちらのほうが短絡線であることから山陽本線となりました。現在西岩国駅となっているこの駅も一時は岩国駅と呼ばれた時期があります。その後1944年(昭和19年)に海岸沿いの路線が複線化され再び山陽本線となりました。
 小さな列車が停まる長いホーム,ホームとホームの間の広い空き地は,かつてここに線路とホームがあったことを物語り,ここがかつては長編成の列車が行き交った幹線であったことを偲ばせます。駅舎の外観からも,かつての賑わいが偲ばれます。岩徳線西岩国駅の駅舎
旧・可部線木坂駅 Iレベル
この場所はどこですか。

Cレベル
この場所に線路が敷かれたのはいつ頃で,なぜ廃止されたのか考察しなさい。

Eレベル
鉄道が廃止されたこの地域の今後の変化を予測し,この地域の街づくりを提案しなさい。
旧可部線の木坂駅です。この駅を含む区間は1969年(昭和44年)に開通し,2003年(平成15年)に廃止されました。自家用車が行き渡っていなかった時代の終わり頃に開業しましたが,都市への人口集中や自動車産業の発達と引き換えに鉄道利用者は減少していきました。
 人口減少が進むと,利用者の増加が見込めない路線の廃止に反対する人も少なくなり,「一人でも反対者がいるから廃止を認めない」という「橋の哲学」に陥り,説得力が失われていきます。
可部線の復活区間にある河戸帆待川駅の工事中のようす Iレベル
この場所はどこですか。

Cレベル
この区間はかつてJRの路線が走っていて一度は廃線となり,このたび復活する区間です。鉄道が復活することによる影響を挙げなさい。

Eレベル
いったん廃止された区間を復活させるために有効であると考えられる施策を複数提示し,優先順位を付けなさい。
rr 一度廃線となった区間が復活するのは極めて稀なことです。踏切の新設が原則認められないなど,安全面での配慮が一面では古い路線の復活を阻む場合もありえます。「原則」の捉え方により,対応の方法もさまざまにあります。