深い思考を邪魔するもの(1)

<思考のスタートラインに立つ>

「人口減少時代において地方の活性化・人口増加をはかるにはどうすればよいか」 高校生の総合的な学習の時間や卒業研究でよく見られるテーマである。最近では「地方創生」という言い方でもよく取り上げられるこのテーマを例に,深い思考について考えてみたい。
よく見られる論理展開は,次のようなものだろう。
「若者が地方に住もうとしないのは,地方には仕事がないからである。したがって地方に仕事をつくれば,若者は地方に住むはずである。」
 きれいにまとまっていて,誰もが納得し反対もなさそうだ。「現状-課題認識-解決策の提案」という流れの,思考の最低ラインはできているといえよう。この,よく見られるテーマについて,「深く思考すること」を思考してみる。

<しっかりした仮説を立てる>

 最初に,研究の基本を確認しておこう。研究においては,先行研究を踏まえた仮説設定が大切で,しっかりした仮説が立てられれば,研究の半ばはできたと言ってよい。その上で,調査の信頼性(誰を対象に,標本数がいくらで,どんな質問項目で,どのような統計処理をしたか)が必要になる。仮説と調査方法が妥当であるという前提で,調査結果を考察し,課題の解決方法を提案する,というのが,一般的な論文の流れである。この流れを指導することは,高等学校においても大切な基本である。

研究の方法を教えることが研究の第一歩である。

<「深く思考する」とは>

 ところで,「地方に住まない理由は『希望する仕事がないこと(十分な収入を得られる仕事がないこと)』である」と結論付けるのは,どの程度深く思考していることになるのだろうか。そもそも,「深く思考する」とはどういうことか。それは,「地方に住まないのは仕事がないからである」というのが何かの調査結果によって明らかにされているように見えたとしても,本当にそうかと考えることである。「批判的に読む」と言ってもよいだろう。 少し深い思考としては,たとえば,「若者が地方に住もうとしないのは,地方には魅力的な仕事が少ないからであるとされるが,どんな仕事があれば若者は地方に住むだろうか。(本当に魅力的な仕事が少ないのだろうか,あるいは,魅力的な仕事とはどんな仕事なのか。)」というものがあるだろう。誰もが(表面的には)納得するきれいにまとまった理屈には,別の本音が隠れていることがしばしばある。そこに目を向けるのも,高校生の深い思考ではないか。

深い思考の始まりは,「本当にそうか」と疑ってみること。

<この問いで適切か疑ってみる>

 それでは,アンケート調査によって「仕事がないから」という理由が多数であることが分かったら,「それなら仕事をつくればよい」,という結論でよいのか。「仕事がないなら,仕事をつくればよい。」もっともだと思う人が多いだろう。けれども,誰も否定できないというのは,誰もが心から納得しているということとは限らない。むしろ「疑うことを知らない」という場合もある。浅い思考,いや思考以前と言うべきだが,これは軽蔑しているわけではない。思考以前に当然と思うことによって守られている価値は多いのであり,たとえば,「人を殺してはいけない」というのもそうである。研究のための調査が統計的に正しく設計され処理されていたとしても,それですべてがわかるわけではない。むしろ,調査によってわかることは限られているから次の調査や研究が行われるわけで,ある調査によって何がわかり何がまだわからないのかを分けることは,研究においてきわめて重要な点である。
この調査で何が分かり何が分からないかを分けられることが大切である。
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