思考力を問う問題

 2015年3月5日に開かれた,高大接続システム改革会議(第1回)配付資料のなかに,「参考資料2」として思考力・判断力・表現力等に関わる各種調査の問題例があります。PISAや全国学力・学習状況調査等の問題から紹介されています。ただし,新テスト用に大量に準備しようとすると公務員試験の判断推理のような問題になるのではないか,という心配もあります。「実社会や実生活における知識の活用」から乖離した「試験のための試験」と見なされることは,出題側にとって愉快ではないでしょう。入試問題の作成者には,選ばれた作問担当者としてのプライドがあるのです。

<センター試験では思考力を問われないのか>

 大学入試センター試験は既に25年以上の歴史を重ねています。新テストが思考力・判断力・表現力を問うものになると言われる一方で,現行のセンター試験はいかにもそれらを必要としない問題であるようなイメージを持たれますが,マークセンス方式であることから表現力を問うのは難しいとしても,思考力・判断力は,現行のセンター試験でも作問にあたって意識されていると思います。
 大学入試センター試験は,1年分の作成に2年をかけられています。たとえば2015年(平成27年)1月に実施された問題の作成はおよそ500人の大学教員が担当していますが,その任期は,平成25年度・26年度の2年間で,25年度に試験問題原稿が作成され,26年度には校正と印刷が行われて,27年1月に本試験,追試験が実施されたわけです。作問委員はもちろん秘匿されており,作問委員としての任期終了から1年後に官報で氏名が公表されます。公表は例年,4月20日過ぎです。つまり27年度センター試験の作問委員の氏名が公表されるのは平成28年4月ということになります。官報は,発行から1ヶ月以内ならば,「官報検索」で無料で内容まで検索できますが,その期間を過ぎると無料で見られるのは見出しだけとなり,内容を知りたければ有料の「官報情報検索サービス」を利用することになります。
 これだけの時間と手間をかけてつくられるわけですから,多くの問題はよく練られた良問です。100点満点で平均60点・標準偏差15点程度をねらって作られ,高等学校で学ぶ内容が網羅されたよい試験です。地理では,地域調査の問題が出されますが,特定の地域の受験生に有利にならないようによく工夫されています。知識が不要とは言いませんが,考えることで正解が導ける,思わずひざをたたいて「なるほど」と感心する問題が,少なくとも地理には多く見られます。(逆に言うと,模擬試験やセンター直前演習用の5回分セットの問題などは,本番のセンター試験よりだいぶレベルの低い単純な知識を問う問題が中心で,私大の地理スタイルのものが多いです。)

<中学校入試と東大入試の接点>

 思考させる問題かどうかは,細かい知識を知っているかどうかとはあまり関係がありません。これはもちろん,細かい知識が不要という意味ではないし,ひらめきが決め手という意味でもありません。他の人が知らない細かい知識を問い,答えを知って「へぇ,知らなかったなぁ」とうなる「発展問題」と,既習の知識を組合わせて解き,答えを知って「あっ,そういうことか」とうなる「活用問題」の違いと言うこともできます。たとえば,2005年の東大入試前期地理で,出発時刻表からそれがどんな交通機関か判断する問題が出されました。その交通機関とは,「成田発上海行きの航空便」,「東京近郊の住宅団地から最寄の鉄道駅行きのバス便」,「地方都市の駅前のバス便」,「人口5,000人の山間部のバス便」の4つです。2008年の広島県立広島中学校入学者選抜適性検査1では神奈川県と広島県の鉄道駅の通勤時間帯の時刻表が出されています。大学でも中学校でも,同様の素材をもとに思考させる出題は可能であることがわかります。
 

<中高一貫校の入学者選抜>

 「グローバル社会で活躍できる生徒を育てる」と謳う中高一貫校の入学者選抜試験問題では,思考力を問う良問が多く出題されてきました。これは学校の目指す姿と入試問題が対応した望ましい姿といえるでしょう。しかし残念なことに,「どんな答を書けば高得点なのかを手っ取り早く教えて」というネット掲示板での書き込みは昔も今も少なくありません。それは受験生やその親の正直な心情かもしれませんが,「グローバル社会を生きる姿勢」及び「ICTの活用のあり方」の両方で,残念な姿に思えます。
 「そのような(要領のよい)受験生のほうが結局は合格する」と多くの人が認識する状態になれば,「知識だけを偏重」「1回の入試で1点差で合否を分ける」という理由で批判される現在の入学者選抜への不信と変わらない事態となり,そうなれば,「知識を問われるほうが結局は公平でよかった。」ともなりかねません。そうならないためには入試のあり方も変わらざるを得ず,たとえば入学者選抜試験問題のルーブリック公開も求められるようになるかもしれません。
 ルーブリックをもとに受験生が自分で考えるようになれば,「正解を教えてもらって覚える」というやり方から受験勉強のスタイル自体が変わっていくことになり,入試制度が誘因となって教育が変わっていくことになります。大学入試センター試験に替わる新テストもそれを目指しているようですが,それを待たずして,各大学も,思考力を問う入試を打ち出し,そのアドミッションポリシーを理解した受験生の受験を待っているようです。

<すでに変わりつつある大学入試>

 国際基督教大学の入学試験のうち,総合教養(ATLAS)は,反転授業のスタイルを入試に取り入れたもので,15分程度の講義を聴き,学際的な設問及び高等学校の学習内容をもとに思考させる問題です。サンプル問題はワインに関する講義を聴いてマークセンス方式で解答するもので,多肢選択式でも,知識を組合わせて思考させる問題が作れることを示す好例です。
 お茶の水女子大学が始める新しいタイプのAO入試(新フンボルト入試)では,ルーブリックそのものは非公開としているものの,ルーブリックに基づく評価基準を公表しています。(「文系 図書館入試」「理系 実験室入試」の画像をご覧ください。)「楽して合格したい人は要りません。東大の推薦入試と同じく,推薦だから楽だと思ったのに自分にはやっぱり関係ないな,と思うような人は要りません。海外大学を考えている人に,同様の選抜方法を用意するからうちの受験も考えてみてください」というメッセージと思います。
 長崎大学多文化社会学部では,「批判的・論理的思考力テスト(総合問題)」出題例を示しています。ここでは,「『唯一の正解』のない問いに,挑む。」として,出題例,解答例,「採点の観点」をPDFファイルでダウンロードできます。「採点の観点」は,ルーブリックを基にしたものとしたものと思われ,参考になります。

<入試を変えれば教育は変わるか>

 ただし,入試を変えることで受験生の考えや高校教育が大きく変わらざるを得ない,という仮説自体に無理があるかも知れません。この仮説は,人口が増加し大学受験が難化し大学に合格することに大きな価値があるという前提に立っているはずです。高大接続システム会議の議論の中身をたどっていくと,入試を変えることが高校までの教育を変えるために有効であることを絶対的に正しい前提として(入試を変えれば高校までの教育が変わらないわけにいかないということを絶対的に正しいこととして),いかに公正・公平な入試を実現するかが最終目的であるかのように見られる可能性があります。「高等学校基礎学力テスト」と「大学入学希望者学力評価テスト」の2種類を用意しようとしていることからして,「A科目とB科目」,「基礎科目と基礎なし科目」を設定するのと同様に,教育学者や教育行政からすると論理的に正しいとしても,一般市民の感覚では(難関)大学を受験するか否かでどちらを受検するかが分かれる,という発想にしかならないでしょう。また,「高等学校基礎学力テスト(仮称)」の仕組み(実施教科・受検料・実施回数など)を精密に検討すればするほど,あたかも「教育学者の仮説が正しいことを証明するために改革を進める」というような具合に,全く別の位置にゴールポストが移動してしまい,教育に関心のある多くの国民をがっかりさせるものになっているように思えます。
 2016年8月19日に明らかにされた国大協(国立大学協会)の「大学入学希望者学力評価テストの実施時期等に関する論点整理」でも,「特定の結論を述べているものではない。」とわざわざ断っていますが,そもそも何のための(誰のための)改革なのか,という疑問を改めてかきたてるもののように思えます。

<活用問題を考える>

 「活用問題」を取り入れることは大学入学者選抜に限らず小中高校でも活発に行われていて,たとえば,岩手県立総合教育センターは「活用問題のサイト」で活用問題の詳細を紹介しています。
※文部科学省 PISA/TIMSSの概要
          全国学力・学習状況調査
          情報能力活用調査
※大阪市情報教育ネットワーク「にぎわいねっと」 PISA/TIMSSの公開問題例 
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