これは,相手を黙らせるために,つまり議論を打ち切るために論理を用いている例である。これでは議論にはならないから,見掛けの目的は達しているわけだが,相手は決して納得はしていないはずで,「地方を元気にする」という本来の目的を達することにはつながらない。自分が絶対に正しいという前提にこだわりすぎて目的と手段のねじれを生むことは避けたほうが良い。