英国の学校教育−−1993年・秋

(22)ゴードンの授業

 11月12日(金曜日) 晴。
 昨日の夜レジャープールへ一緒に泳ぎに行ったゴードン先生は,Lytham St.Annes Hith Schoolの先生です。今日と来週の月曜は彼の学校で研修させてもらうことになりました。彼の教科は政治学です。私が政治・経済を教えているということと,カーヒルとは別のハイスクールを見るのもいい勉強になるということで,アランが紹介してくれたのです。 

 昨日の夜プールでゴードンは「僕の学校はカーヒルより汚れている。教師は優秀だが(こちらを強調したかったのかも?)」としきりに言っていましたが,実際に来てみるとカーヒルと同じくらいきれいです。ただしここは生徒が多くて,改築のためにプレハブの校舎がいくつもあります。それからスナック菓子の袋がところどころに落ちています。
 校舎の感じはカーヒルと似ていて,ほとんどが二階建て,一部に三階建てがあります。日本のような四階や五階の校舎はありません。敷地に余裕があるわけです。カーヒルもここも門を入ると校舎が並んでいて,その裏側に芝生の広いグラウンドがあります。サッカーのゴールになるポールのゲートが立っています。 

 朝はやはりレジストレーション(出席確認)があり,ゴードンが私を紹介してくれました。最初の授業は6thフォームの「Government and Politics」という科目です。日本で言えば政治学でしょう。内容は,英国の極右政党(British National Party)についてのVTR視聴が中心でした。先週は別の極右政党について勉強し,次回は極左政党について学ぶそうです。
 VTRの途中,一緒に見ていた教育実習中の女子学生が私の顔をのぞき込むように見ていたのがおもしろかったです。なぜなら,VTRの内容が,アジア系や黒人を排斥しようとするスキンヘッドの青年たちの活動に関するものだったからです。この頃,ロンドンなどで人種差別をめぐる問題が大きくなっていました。 

 ところでゴードンは,このクラスの授業の最初に「自分は労働党支持だ」ということをはっきり言ったそうです。そのうえで左翼と右翼,ファシズムとコミュニズムの対比,共通点を探っていくという方法をとったわけです。日本では大学でなければできない授業でしょう。当然彼もソーシャリストというわけです。以前にアランと話したことを思い出し,「日本では自分が何党支持などと言うと生徒にその考えを押し付けるように思われることもあるし,ソーシャリストというのも英国と意味が違います」と言うと「ソーシャリストというのはコミュニストと同じ意味に取られるんだろう?」とうなずいていました。 

 次は彼の地理の授業です。政治だけでなく,地理も教えるとは知りませんでした。カーヒルでトレーシーがやったのと同じロンドン・ドックランド再開発の単元でした。トレーシーの授業は生徒のディスカッション形式でしたが,ゴードンの方は発問−答えという伝統的スタイルです。彼は自分でも「俺はトラディショナルだ」と言い,日本の自分の授業に似ていると私が言うとうんうんとうなずきました。同じ単元の授業にもいろいろなやり方があるのは当然ですが,それを見比べる機会は意外とありません。自分の授業を見られるのを好まない人も多いですし。(先ほどテレビで「東京都内の私立高校で生徒による教員の5段階評価を行うところが出てきた」と言っていました。大学では時々聞きますが,高校でもあるのですね)

 途中で6thフォームの経済の授業に移りました。ポー先生です。ここの生徒は5人だけです。内容は税の単元で,直接税とくに法人税の税率の変化がどのような影響をもたらすかということでした。この先生は,マーガレット・サッチャー万歳というようなことを言いながら胸の前で十字を切ります。
 「日本の政府はケインジアン(ケインズ主義)か」と尋ねられ,「かつてはそうだったが,1980年代のサッチャー,レーガン,中曽根の登場以来変わった」と答えました。一つの例として,国鉄が大赤字だったがJRになって改善されたことをあげましたが,もちろんこれは大変な合理化をともない,さまざまな問題を生んだことも確かです。ちょうど英国国鉄も民営化されようとしていた時期でした。英国国鉄は地域ごとに鉄道管理局のようになっていてランカシャーなどイングランド中北部はRegional Railwaysですし,南西部はNetwork Southeast,スコットランドはScotrailと呼ばれています。しかし民営化後は線ごとに経営権を売り出すとかいう話で,これはあまり評価はされていないようでした。
 先生からは「病院などのサービスはどうか」と尋ねられて,日本の社会保険の説明をすると「イギリスと似たようなもんだな」とうなずいていましたが,本当は患者の自己負担の増加とか老人医療の有料化のことを言った方が授業の主旨には合っていたかも知れません。
 英国でVAT(付加価値税)が導入されたのは1971年か72年のことで,最初は5パーセントくらいだったそうです。今は17.5パーセントです。食品,本にはかかっていませんが,本にVATをかける法案が出されていて,書店や雑誌では「VATにNOを」という主張があちこちに見られます。 

 体育館のようなホールで昼食をとって,午後の最初はゴードンのロシア史(ロシア革命)の授業です。政治と地理に加え,歴史も教えているとは,彼も大変です。6thフォームなので生徒は10人と少なく,活発なディスカッションが交わされていました。なぜか指をかむ生徒が多いような気がします。

 そのあとはやはり6thフォームのサイコロジーの授業でした。生徒は13人ですが,欠席している生徒がかなりいるようです。女性の先生は,「今日欠席の人に会ったらpretty annoyedだったと伝えておいてね」と言っていました。この単語の意味はすぐにはわからなかったのですが,辞書で調べると「いらいらした」という感じでしょうか。授業はロジャースやマズローの話から始まったのでおや?と思いましたがこれは復習でした。今日の内容はフロイトです。私は学生時代に心理学を専攻していたので,IdとかEgoとかSuperegoという言葉が懐かしく感じられました。その頃の日本の心理学科ではロジャースやマズローはあまりとり上げられなかったように思いますが,今はどうなのでしょうか?
 授業のあとで先生は「今日は金曜の午後だから生徒がうわついているわ」と笑っていました。週末にそわそわするのはみんな同じですね。 

 私はこのあとアランに迎えに来てもらってプレストンの映画館に「ライジング・サン」を見に行きました。この映画のことは「(6)映画館」で記しています。

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