英国の学校教育−−1993年・秋

(13)アパート

 学校での研修会が終わりました。昨日まではテクノロジーのオリバー先生のお宅にステイしていたのですが,今日の夜は理科のマクドゥーガル先生のアパートにお邪魔することになりました。前半の学校研修が終わって,後半開始までのおよそ2週間,マンチェスター,エディンバラ,ダブリンを回っての研修となります。マクドゥーガル先生は後半の学校研修中のホストファミリーですが,なぜ1日だけ泊まるのか? それは,地図を見ていただくとわかります。
 私たちの研修グループは,ランカシャー班10人とダービーシャー班10人の計20人ですが,ランカシャー州西部のリゾート地ブラックプールにランカシャー班が集合して車でマンチェスターに向かい,そこでダービー班と合流することになっています。 
 チョーリーはオリバー先生が住むところ,カーカムは学校のあるところで,その間は渋滞がないときで30分くらいかかります。(モーターウエィを時速70マイルくらいで飛ばしての話です)。マクドゥーガル先生の家はセントアンズなので,ブラックプールまでは車で10分くらいです。オリバー先生が「ブラックプールまで行くのならアラン(マクドゥーガル先生のことです)の家からの方が近いよ」と言うので,昼のうちにトランクを車から車へ積み替えておいたのです。私が思うに,オリバー先生は山歩きが好きでよく湖水地方などに出かけるので,土曜日は朝早くからどこかに行きたかったのでは? 

 マクドゥーガル先生のアパートというのは,なかなか面白いところでした。電化製品の揃った大きな家も快適ですが,英国のアパートで過ごす機会というのもなかなかないことです。彼の家には,オリバー先生宅のようなセントラルヒーティングも食器洗い機もありません。ドアを入ると食堂兼リビングがあります。広さは6畳くらいでしょうか。テーブルは折り畳み式だし,ソファーもあるのでそれらをよけながら歩かなければなりません。左に彼の部屋,右に私の部屋があり,あとはバスルームと小さなキッチンです。
 広さはともかく,きれいさについては,日本の平均的な学生アパートの方がきれいだと思われました。特にキッチンは,前の日の皿やカップがそのまま置いてあって,見てしまうとそのままにはしておけないので私が洗ってしまいました。シャワーもお湯が出ることは出ますが,温度の調整がとても難しく,水のようにぬるいか逆に熱すぎるかのどちらかになってしまいます。バスタブはありますがシャワーしか使ってないようです。
 そういうアパートですが,なぜか食堂には本物の暖炉があり,ピアノが置いてあり,ドアの外にはカヌーまであるのです。家賃は月100ポンドで,これは彼が7年前に部屋を借りたときから値上がりしてないそうです。「うちの大家さんはソーシャリストだよ」と彼は言っていました。

 研修会のあとアパートに荷物を置いて,セントアンズの街に食事に出ました。かつてチャーチルが来たというパブでピザを食べ,スタウトビールを飲んだのですが,私が社会科の教員ということで,政治の話になりました。日本でこの夏に政権交代がおこり連立内閣ができたこと,それはベストではないがベターだと思うといったようなことを話していくうち,彼は,自分はソーシャリストだが君はどうかと聞くのです。私は社会主義者ではないので「私はキャピタリストです」と言うと,彼はそれこそ椅子からのけぞるようにして「本当か?」と驚きました。なんだか「僕はキャピタリストなんか泊めたくないよ」というようにも聞こえたので,あわてて「日本語でソーシャリストといえば,それは旧ソ連や中国のような社会主義国家を目指す人というニュアンスがあるんです」と言い訳しました。
 彼は「つまり,ソーシャリストという言葉がコミュニストに近い意味で使われているんだね」と理解したようです。さらに話していくと,英国でソーシャリストと言えば,社会民主主義者,民衆の利益を重視する考えの人というニュアンスが強く,日本で考えるような社会主義国家を目指しているわけではないことがわかりました。そのかわり英国では,モーターウェイが無料など,日本的感覚からすると資本主義的ではない面もあるのは確かです。

 ともあれ,「ソーシャリスト」の件は,言葉を機械的に置き換えるとあぶないという一例だと思います。

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