英国の学校教育−−1993年・秋

(10)イギリス王室

 10月18日(月曜日)
 霜が降りています。体育館で女子のバレーボールの授業を見せてもらいました。この体育館は昨年できたばかりだそうです。かまぼこ型で,屋根だけが地面に置かれているように見えます。
 霜でグラウンドが使えないので,2クラス合同の授業になりました。生徒は21人で,別に見学者が4人います。バレーボールはそれほどポピュラーではないそうで,初心者ばかりだったので上手ではありません。先生のサーブからして,入らないときもあります。ボールは日本製(モルテン)のソフトなボールで,色がピンクなので窓がない体育館でもよく見えます。バレーボールが苦手な私は,固いボールだとすぐ手が痛くなりますが,このボールなら上手にできるかも知れません。
 日本と違うのは,相手コートとの間にネットがなく,中央に立てたポール(玉入れのようなゴールと兼用)と壁の間にピンクのひもを結んでネット代わりにしています。玉入れのゴールと見えたのは,ネットボールのゴールです。これはミニバスケットボールのようなスポーツで,イギリスの女の子に一番人気のあるスポーツだそうです。特に小学校の体育の授業ではよく見ました。
 体育の時の服装はというと,上が白い体操服で,下はプリーツのある紺のスカートです。靴は運動靴にはき替えていますが,裸足の子も数人います。運動靴を忘れたようです。 

 午後はYear11のホームエコノミクスでした。内容は調理で,女子20人の中に男子が2人だけいます。これは選択科目だそうです。先生の他に,ヘルパーのスタッフが手伝っています。老人,10歳の子どもの弁当,妊婦の食事という風にメニューを考えていきます。アッセンブリーのあと,Year7のホームエコノミクス。これは新入生なので男女共習,はかりの使い方やレンジの種類の話でした。睡魔がおそってきました。 

 家に帰ってから夕食まで時間があったので,庭に面したサンルームでジントニックを飲みながら語り合いました。奥さんのパットは,今日は腰が痛いといって学校を休んでいましたが,夕方には具合がよくなってきたようです。彼女はサンルームで「Hello」という写真雑誌を見ていました。この雑誌は,日本でいえばフライデーかフォーカスという感じです。この雑誌に英国王室のことが出ていました。彼女が「王室の誰を知っている?」と尋ねるので,私は「エリザベス女王,ダイアナ妃,チャールズ皇太子,アン王女,マーガレット王女・・・」と数えていきました。(他にセーラ妃というのもいたような気がするし,アンとマーガレットは姉妹だったかどうだったか,覚えてはいなかったのですが)。でも,他の国の王室ならば国王の名前すらも知らないのですから,やはり英国王室の人の名前はよく覚えていると言っていいのでしょうネ。ダイアナ妃は「サン」や「デイリーミラー」といった大衆紙では"Di"と書かれています。11月には,フィットネスクラブでの隠しどりが問題になりました。
 さて,パットは「この雑誌には,6月9日の日本のプリンスの結婚のことも載っていた。プリンセスはハウスワイフではなく仕事を持っているし,とてもクレバーだわね」と言います。彼女は家庭の主婦を軽蔑して言ったわけではなく,いままで日本では女性が仕事をしないことが多かったのに変わってきたのねと,プリンセスをほめてそう言ったのだと私は思います。この雑誌をいつも読んでいるのでしょう。

 そのあと,日本人は外国人と結婚したがらないという話題になりました。「これほど日本人が外国に出かけているのに,結婚となると,日本人は外国人と結婚したがらないのね」と彼女が言うのです。彼女の知り合いのイギリス男性が日本人女性と結婚したけれど彼女の両親に反対されたという話も聞かせてもらいました。
 私は,「確かに日本人はこれまで外国の物はたくさん受け入れたけれど,外国に行ったり外国の人とふれあう機会が少なかったので,外国に行くとやたら写真を撮りたがるし,外国人との結婚も少なかった,だけど少しずつ変わりつつあると思います」というようなことを一所懸命に説明しました。その話の中で,日本には韓国人が多く住んでいて,彼らは旅行者ではなく定住して税金を払っているのに選挙権がない,つまり市民権が完全ではないことも話したのですが,これは日本語で話したとしても難しい内容です。とても疲れました。
 彼女は,「イギリスには5−60年前にたくさんのインド人が渡ってきて,その2世・3世の時代になっており,彼らは英国の国籍を持っていて,もはやフォーリナーではなくブリティッシュだ」と言います。これは国籍が血統主義か出生地主義かの違いでもあるでしょうが,ロンドンなどではアジア系市民排斥の動きが一部にある中で,多くの人は共存の努力をしているのだと感じます。
 今日の夕食はベーコン,ビーンズ,グリルドトマト,目玉焼きという,イングリッシュ・ブレックファストでした。 

 10月19日(火曜日)
 オリバー先生は登校の途中で地理の先生(モリス)を車に乗せます。先週,彼女は風邪でずっと学校を休んでいたのだそうです。この学校の地理の先生は女性のほうが多く,私が知っているだけでもモリス,トレーシー,ジュディスがそうです。地理と歴史はYear10から選択になりますが,地理選択者160人に対し,歴史は50人だそうです。英国では歴史にくらべ地理の人気が高いと聞いていましたがやはりその通りでした。 

 午前中,トレーシーの地理を見ました。ロンドンのドックランドの開発は是か非かというディベートでした。これは日本の学校ではなかなか見られない授業です。生徒たちは,いくつかの立場に分かれて「for」か「against」かの意見と,その根拠を述べていきます。その立場とは,ソーシャルワーカー,ドック労働者,地元の商店主,ドックランド再開発企業,新規学卒者などで,たとえば,ドックの労働者は「もう年をとって他の仕事をするわけにもいかない」という理由で再開発反対,地元の商店主は「買い物客が増える」という理由で再開発賛成という具合です。意見を言った生徒に対して,他の立場の生徒から質問が出され,それに答えていくという形で授業が進みます。生徒が活発に発表して,すばらしい授業でした。また,授業の最初にルールを約束し,それを破ったら外に出るということになっていて,授業の終わり近くになって一人の男子が外に出されてしまいました。
 授業の最後に,再開発賛成と反対の数を調べると,賛成9,反対12でした。もちろん,再開発賛成か反対かのどちらかの結論を出すのが目的でなく,どのような根拠で賛成なのか(あるいは反対なのか)を自分の意見として持つことが重要なわけです。子どもの時から自分の意見を根拠とともに表明する訓練は,大切だと感じます。

目次へ戻る 前の章へ戻る 次の章へ進む