英国の学校教育−−1993年・秋

(9)能力別クラス編成

 10月15日(金曜日) 寒い。
 9時10分からハーベイ先生の数学の授業を見せてもらいました。Year7で,男子8人,女子十1人のクラスでした。2−3人ずつの机について黒板と向かい合う形です。内容は分度器の使い方でした。テキストの例題の角度を測って,角度は何度か,また90度以上か以下かをノートに書き込んでいきます。終わった子は応用問題として磁石の針や時計の針の角度の計測の問題に取り組んでいます。
 日本の授業に似ているけれど,日本の中学校では数学の苦手な子が多くいると言うと,このクラスはそれほどレベルが高くないのでどの子もできるということでした。新入生のYear7の段階で,小学校のデータをもとに既に授業クラスは分けてあるそうです。半学期ごとにクラスを変えていくとのことでした。

 コーヒーブレイクのあと,日本の高校入試の問題とイギリスの数学の教科書を見比べながら話し合いました。ここの先生によれば,「日本の方がレベルは高く,大体GCSE(結果はAからGまでの記号で表示され,C以上ならまぁ優秀という感じでしょうか)のAかBをとるくらいの問題だ。とくに図形の証明は数パーセントの生徒しか解けないのではないか」とのことでした。三角関数は大体Year10とYear11でやりますが,Yaer9の終わりにやるクラスもあるそうです。上位のクラスは自分から勉強するでしょうが,下位のクラスでどのように動機づけしますかと尋ねると,将来の仕事との関連など実際的なことを学習させるという答が返ってきました。やはり,苦労はあるようです。 

 能力別クラス編成についてですが,大体トップ2クラス,ミドル4−5クラス,ボトム2クラスくらいに分けるそうです。最初私が,「トップのクラスの生徒は優秀だ」というつもりで"superior"という語を使ったところ,「彼らは高い可能性をもっている(brightである)が,他に対して優れている(superior)とは限らない」と指摘されました。
 これは,能力観の違いでしょうか。日本では,クラスで中位とか学年で何位とか,集団の中での位置によって能力をあらわしがちですが,本人の可能性に応じた指導は見習う点を持っていると思います。もっともこれだって,「なぜ生徒の可能性を正しく評価できるのか,教師の傲慢だ」と言う人が現れるかも知れません。しかし,英国の先生たちは,生徒の可能性を見いだし長所をほめることこそが教師の仕事だと考えているように思われました。実際彼らは,ちょっとしたことで大げさ(と思われるほど)に「Great」とか「Excellent」などと生徒をほめます。生徒だって,変に照れたりはしません。見ていて,気持ちがいいものです。 

 11時25分からは,フォース先生の数学(Year8)です。生徒は,部屋のドアが開いていても,先生が入れと言うまで入っては来ません。先生は「今日は日本からイギリスの生徒の様子を観察に来たからしっかり勉強せよ」と言っています。「Sit down」と言われて座るところや,講義調の説明の仕方,質問の仕方も日本と似ていました。イギリスの先生としては少数派でしょう。
 解いている問題は,三角形の面積を求めるものです。とてもよく手が上がります。ノートを見ると,日本なら暗算(九九)でやっているような計算(たとえば8×5)もいちいちノートに書いています。いちいち書くように指導しているのかも知れません。概して計算は得意でないようです。ある女子生徒のノートでは,40×30が120になっていたりします。しかも「0がもう一ついるんじゃないの」と言っても,ノートに40×3=120と書いても,まだピンときていないようです。フォース先生に「日本ととても似ていると思います。何人かは数学が苦手なようですね」と言うと,彼は「世界中どこでもそうだ」と笑いました。 

 今日は一日中数学の授業を見せてもらうことになっています。午後の最初の授業は一次関数でした。学年はYear8です。3x+5=10を解いていくのですが,少しずつ手が上がるものの,すぐには正解が出ず,3人目くらいで正解に至ります。その後はn+4=8とか,n−9=16などの問題練習をしていきます。授業のほうはそれほどおもしろいとも思いませんでしたが,使っている教科書の中に,外貨交換の問題が出ていました。1980年4月のレートとして,以下のような換算表が載っています。

    £1に対し FF(フランスフラン)9.50

DM(ドイツマルク) 4.10

US$       2.31

 いつでしたか,1ポンドが2ドルを割ったのがニュースになったことがありますが,それ以前はもっとポンドが強かったわけです。今は1ポンド=1.48ドルくらいです。
 そのほかこの教科書でおもしろいと思ったのは,確からしさの学習の部分のイラストでした。あることが起こる確率が0から1まで書かれています。0のところ(impossible)はメビウスの輪かエッシャーの絵にあるようなねじれた三角形,0.25のところ(unlikely)は象が一輪車に乗っているイラスト,0.5のところ(even)はコインを投げたときの裏表,0.75のところ(likely)は飛行機からのパラシュート降下,そして1(certain)は十字架つまり死となっています。うーんと納得してしまいました。 

 午後のブレイクのあとは6thフォームでした。内容は微分積分です。むかし高校時代に勉強した記憶はありますが,内容はだいぶ忘れてしまっています。この先生の話は専門的でほとんど理解できませんが,黒板に書いてあることは確かにむかし習った記憶があります。しかし私が数学を勉強したときと違うのは,ここでは電卓をどんどん使うということでしょう。先生に尋ねると,電卓は計算練習以外ではだいたい使っていいそうです。彼は「数学はインターナショナル・ランゲージだからわかるだろう」と言って去っていきました。記憶があるというのと,わかるというのはずいぶん違いますが・・・。 

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