英国の学校教育−−1993年・秋

(7)イギリスにも立ち番

 10月13日(水曜日)
 天気は曇りで,少し寒い朝です。登校途中のオリバー先生の車の中で,日本では生徒と教師が一緒に掃除をすると話しました。すると彼は「それはいい,今朝10時から自分のクラスのPSE(PERSONAL SOCIAL EDUCATION, 道徳か学活のような時間です)の時間に話してくれ。自分が掃除をすれば,生徒もごみを捨てなくなるだろう」と言います。「そうですね。でも,日本では,ごみを捨てる子は掃除をせず,別の子がまじめに掃除をしていることもありますよ」と私が言うと,「わかるよ」と言ってくれました。これって,頭の痛い問題ですよね。

 学校に着いて,地理のホブソン先生が朝の立ち番だというので,一緒に中庭に立ちました。日本では休憩時間にトイレの前に立って喫煙防止したりしますが,イギリスにも立ち番があったとは驚きです。やはり喫煙防止が主な目的だそうです。イギリスの生徒はよく言うことを聞くから先生は楽だろうなぁと最初は思っていましたが,そんなこともないようです。 

 オリバー先生のPSEでは,先生が宿題帳をチェックしました。1週間が見開き1ページ分で,各曜日ごとにどんな宿題をやったか(たとえば数学でドリルなど)を記入するようになっています。保護者のサインをもらい,先生がチェックします。「大体毎日宿題がありますね」とオリバー先生に言うと,「来年夏にGCSEのテストを受けるから,しっかり勉強させるんだ」とのことでした。先生は一人ずつ生徒を呼んで,「宿題をちゃんとやれよ」とか「親にサインをしてもらいなさい」などと指導しています。よくできた日には「COMMENDED」というステッカーが貼られていました。 

 コーヒーブレイクのあと,初めて英語の授業を見せてもらいました。学校では英語ばかり聞いたり話したりの毎日ですが,教科としての英語の授業はどんなものか楽しみでした。担当は教頭先生です。教頭はAssistant headmasterではなくDeputy headと呼ばれます。「どう違うのですか」と尋ねて説明してもらったのですが,今一つよくわかりませんでした。要約すれば,Assistantは校長の補佐役で権限が限られているが,Deputyは「代理」で校長がいないときには代わりに何でもできるということのようです。テレビで女性の校長も時々見ましたが,女性の場合はheadmistressとなります。なお,headmasterでなくheadteacherと言っている学校もあり,「こっちの方が民主的なんだ」と声も耳にしたことがあります。

 さて,授業は6thフォームで,内容はシェークスピアのハムレットでした。女子10人,男子3人で,大学のゼミのような感じです。私は日本では高校2年生のクラスを受け持っていますが,同年齢とは思えないくらい大人びています。もう制服ではありませんし,第一,自発的に学習しています。大学を目指しているとても優秀な生徒たちです。日本の大学進学率は大体40パーセントくらいだと思いますが,イギリスはおよそ16パーセントだそうですから,道理で大学に行く子は勉強好きなはずです。
 先生がハムレットのあらすじを説明したのちVTRを見てディスカッションするという流れで授業は進んで行きますが,正直言って私には眠い授業でした。もちろんそれは,私の英語力のなさと前日の夜更かしが原因なのですが。
 教頭先生に「高校でハムレットの要約を勉強したときに,英語の先生が,『ハムレットには二つの意味がある。一つはシェークスピアの傑作,もう一つは教会のない小村です』と言われたのを思い出しました」と言うと,彼は「もう一つ,タバコの名前でもあるんだよ」と笑いながら教えてくれました。 

 午後はYear10の英語の授業に出させてもらいました。ジャクソン先生です。プレッシャーがかかると文法の間違いが増えるから注意しなさいなどと話しています。彼女の話はとても早口です。このクラスはトップのクラスだそうです。クラスによって指導方法は明らかに違っていて,上位のクラスは生徒の人数が比較的多く(といっても30人を超えることはまずありませんが),先生はポイントを押さえるだけで生徒が自発的に学習していき,質問があれば手をあげます。下位のクラスは比較的少人数(20人くらい)で先生の説明が多い感じです。
 この授業はROBERT FROSTという人の詩の勉強でした。文学作品を読むときにどのように特徴をつかめばよいかがテーマです。このあたりは,日本の現代国語とよく似ています。
 生徒のノートをのぞき込んでみると,筆記体を使う子は少数派で,特に女子は丸文字が多いようでした。文字と文字がくっついていて,bとdとか,mとnなどはよく見ないとわかりません。イギリスでは,文字をきれいに書くことが日本ほどは求められないのかも知れません。古くからタイプライターがあるせいでしょうか?

 午後の出席確認の時間に中庭のベンチに座っていると,少し早く終わったらしい少年がやってきて何か言いました。それほど早口でもなかったのですが聞き取れなかったので,「Have you finished?」と聞くとうなずいていました。どうも子どもの言葉はよくわかりません。大人なら,「この人は英語がわからないかも知れないから,易しい言葉でゆっくり話そう」という思いやりも働きますが,子どもはそういう配慮があまりありませんから,これは仕方ないことです。逆に,英語の力を付けようと思ったり,辞書にないような表現を知りたければ,子どもと話すのも効果的かも知れません。ある小学校で生徒の質問に答えていたときには,子どもの質問がわからずにいると先生が「それは正しい英語ではないでしょ」注意したこともありました。

 イギリスに来て初めて聞いた表現には,ハヤまたはハイヤ(Hiya?)=ハローとか,ター(Ta?)=サンキューというのがあります。どちらも学生言葉で,日本でも英国でも,短くするのが好きなようです。YesをJaというのはごく普通の使い方になっていますが,これには面白い話があるので次回書こうと思います。

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