英国の学校教育−−1993年・秋

(5)アッセンブリー

10月12日(火曜日)
 学校研修2日目がきました。オリバー先生の車で学校に向かいましたが,途中モーターウェイがジャンクションで大渋滞していて,学校に着いたのは8時55分です。校長にわびると,にこにこしながら「ノープロブレム」と言ってくれました。けさはホールでアッセンブリー(学年集会)があります。ホールには椅子が並べられています。椅子は折りたたみ式ではなく,プラスチック製で重ねることができるタイプのものです。横に10脚並べたものが15列で150人分,それがホールの左右にあるので全部で300人分の席があります。遅刻者は後ろに立たされています。(私も並んで立ちました)。制服の上に着るコート類は自由ですが,アッセンブリーの間は脱いでいます。
 女性の教員(私はずっと宗教の先生だと思っていましたが,滞在が終わる頃になって理科の先生だとわかりました)が前に立ちました。それまで隣の友だちと話していた生徒たちはすっと静かになります。ときどき咳をする声がするだけで,部屋が小さいのと私語がないので声がよく通ります。

 彼女の話は,アメリカの黒人差別に対してマーチン・ルーサー・キングがたたかった話,現在南アメリカで黒人差別をなくす取り組みがされていること,現在の英国でもドクターやエンジニアには男性がなり,ナースや小学校の教師には女性がなるというような風潮があるがそれは正しくないと思うというような内容でした。最後に先生も生徒も頭を下げて手を組んで平和を祈るお祈りをしました。とても感動的です。
 まず,先生が注意しなくても生徒がすっと静かになるのが大変な驚きです。先生も大声を出す必要がないので,生徒もそれに反発してますますしゃべるということがありません。日本では,何とか静かにさせようとして「早く静かにすれば早く終わるんだから静かにしなさい」と,何が目的で何が手段かわからないような注意の仕方をせざるを得なくてますますお互いが不愉快になってしまうような場面がありますが,英国のほうが先生も生徒もはるかに幸福だと思います。そして話の内容も人種問題や北アイルランド問題,国連週間などさまざまで,お説教でなく人間としての生き方を考えさせるような題材ばかりでした。 

 今日の午前中は,まずホブソン先生の地理を見せてもらいました。6thフォームです。昨日の午後コンピュータの授業を見たのと同じ階の教室で,コンピュータを使って行われていました。アフリカ中央部の架空の国「BATONGA」からの砂糖の生産や貿易にかかわる人々を八つの立場に分類し,それぞれの人の行動や意見を新聞にまとめていくという作業をしています。地理というよりも,総合学習とでもいうべきものです。日本では小学校では行われているでしょうが,中・高校の授業ではなかなかできないことだと思います。
 もちろん6thフォームですから,政治的・経済的条件を考慮した分析をしています。八つの立場と書きましたが,そのうち4人はBATONGA在住(サトウキビ農場の労働者,財政大臣,プランテーション経営者,イギリス人の国際ビジネスマン),残り4人は国外在住(イギリスの製糖工場労働者,ブリュッセルのECの砂糖担当者,ロンドンに住むBATONGAからの亡命者,ニューヨークの銀行家)という設定です。

 コーヒーブレイクの後はジョーンズ先生の地理(Year7)でした。熱帯の気候についての授業です。黒板に月ごとの降水量と気温が書かれ,それをグラフ化していくのです。これは日本で見慣れた授業形態でした。先生は見回りながら「good」とか「useful」とか評価しています。ある生徒のグラフをみんなに見せて「気温と降水量が重ならないグラフがいいです」とほめています。色鉛筆を忘れた子には先生が貸していますが,その時に腕時計を預かっているのがおもしろいと思いました。他人がしゃべっている時には(それが教師であれ他の生徒であれ)自分は静かに待っているのがとても印象的です。よくしつけられていると思いますし,しゃべり方も,日本のようにやたら大声だったり,きんきん声でないので聞いていて疲れません。 

 昼食の後,職員室の壁を見ていると,ドアのそばにその日に休んでいる先生と何時間目にどの教室で授業があるか,そして代わりの教員は誰かがプリントアウトされて張り出されています。授業の空き時間というものがほとんどないので,休んだ先生の授業全部に代わりの先生がつくというわけにはいきません。特に11月になってインフルエンザが大流行し,60人ほどの先生のうち15人以上も休んだ週があって,その時は低学年が1日ずつ学年閉鎖になってしまいました。このインフルエンザは日本では香港型とか言いますが,英国ではBeijing flu(北京風邪)と言っていました。香港は今のところ英国領だから,風邪の原因という悪役の名前には付けたくないのでしょうか。 

 午後も地理の授業を見せてもらいました。最初はホブソン先生のYear11で,内容は地域調査です。作業なので,少しうるさい感じです。壁には,2年前の生徒の作品として,地元のBeacon Fellという丘陵の調査レポートが貼ってありました。Beacon Fellとは何かに始まり,ポールを立てたり土を掘って作業したその方法,植物,pH,地質,温度などがまとめられています。15歳の生徒の作品とは思えない見事なものでした。ホブソン先生に「日本ではこういう勉強は大学に入って20歳を過ぎてやります」と言うと,彼も「自分の学生時代もそうだったけど,今はセカンダリーでこういう勉強をするんだ」とのことでした。
 隣の教室ではジョーンズ先生が同じ学年の別のグループの授業をしていましたが,その内容はまさにBeacon Fellの調査のまとめでした。ここも作業なのですこしにぎやかです。うるさくなると先生はまず「too much noisy」と言い,次に「don't shout please」と言い,最後には「that means "Be quiet"」と注意します。さすがにそこまで言われると生徒は静かになりました。このクラスの方が,さっきのクラスよりできあがりの早い子が多いように思われます。

 後でジョーンズ先生に聞いたところでは,地理のクラスはテストで分けられていて,他にもっとブライトなクラスがあり,彼女のクラスはそれほどブライトでないクラス,そしてホブソン先生のクラスはスペシャルのクラスだそうです。ここでスペシャルというのは,日本でいうところの障害児学級というのよりずっと広い意味を含んでいて,情緒障害,行動障害,あるいは英語がわからないという生徒をも対象にしているのだそうです。
 それから,英語でbrightと言う時には,superior(他とくらべて優っている)とは少し違って,高い可能性を持っていることを指すのだと指摘されました。他の生徒とくらべて優劣をつけているのでなく,それぞれの生徒の可能性に応じた指導をしていると言いたいのでしょう。その背景には,一人ひとりの生徒の可能性はみな異なっているという認識があります。 

 今日の放課後は全体のミーティングがありました。いつのまにか職員室の椅子が入り口に向けてずらりと並べられているのに驚きました。15時30分,校長が前に立ってスピーチを始めます。内容は,地域の中で,あるいは理事会に対して,学校が主導権を握ろうというような内容で,約30分間,ほとんど校長がしゃべりっぱなしでした。この学校の校長は,中小企業の経営者という感じがします。日本の校長は大企業の支店長というところでしょうか。

 ミーティングの最後に自己紹介させてもらいました。「この学校では子どもが活発で(笑い),教師はよく働き(笑い),そしてベルがやかましく鳴る(少し笑い)ので驚きました」と話しました。ベルをオチにするつもりだったのに,はずしてしまいました。

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