英国の学校教育−−1993年・秋

(3)非常ベル?

 突然,非常ベルのような大きな音がしました。思わず時計を見ると,9時10分です。出席確認の終わった生徒たちが出て行き,入れ替わりに1時間目に技術の授業を受ける生徒たちが入ってきました。日本のようにホームルーム教室で授業を受けるのでなく,各先生の教室が決まっていて,生徒の方が荷物一式持って移動していくのでした。先ほどのクラスは最終学年(Year11)でしたが,今度のクラスはもう少し年下に見えます。13,4歳くらいでしょうか。 オリバー先生が出席をとって授業を始まりました。生徒たちは製図に取り組んでいます。9時40分,またベルが鳴りました。どう聞いても非常ベルにしか聞こえないのですが,生徒たちは慣れているのでしょう,平気で作業を続けています。(ある先生によると,火災のベルはもっとうるさいそうです!)

 技術教室の中を回ってみました。中庭から入ったところが,オリバー先生が出席をとった教室。ここは,真ん中に大きなテーブルがあり,壁に沿ってカウンターのような机がついています。奥に入ると,正面に細長い準備室。やはりカウンター式の机があり,その上にマッキントッシュのパソコンが1台置いてあります。準備室の左側が金工の作業室。右側が木工の作業室となっていました。この2つの作業室は,4人くらいが座れる机が六つ置かれていて,万力や糸のこもついています。
 教室のつくりは日本と同じように思いましたが,興味深いのは壁に貼られた生徒の作品です。シンボルデザイン(信号や交通標識など),ファーストフードのメニュー,シークエンス・ドローイング(電話のかけ方の説明図など)のように,身近な課題が多くとりいれられていました。Year11になると,椅子やカート,テーブル,ラックなどを製作し,その写真が展示してあります。誰がどんな作品を作ったかが,他の生徒にはっきりわかります。 

 10時10分,またベルが鳴り,15分間の休憩になりました。職員室へ戻り,コーヒーを飲むことにしました。1週間分1ポンド50ペンス払っておけば,午前と午後のコーヒー・紅茶が飲めるというのです。クッキーもついています。コーヒーを飲みながら,オリバー先生にこの学校の日課表を教えてもらいました。次の通りです。 

   8:55 - 9:10 アッセンブリー(学年集会)または出席確認
   9:10 - 9:40 ピリオド1
   9:40 - 10:10 ピリオド2
  10:10 - 10:25 コーヒーブレイク
  10:25 - 10:55 ピリオド3
  10:55 - 11:25 ピリオド4
  11:25 - 11:55 ピリオド5
  11:55 - 12:25 ピリオド6
  12:25 - 12:35 オーバーラップと称するブレイク
  12:35 - 13:05 ピリオド7
  13:05 - 13:35 ピリオド8
  13:35 - 14:05 ピリオド9
  14:05 - 14:15 アッセンブリーまたは出席確認
  14:15 - 14:25 ブレイク
  14:25 - 14:55 ピリオド10
  14:55 - 15:20 ピリオド11

 通常の授業は2つのピリオドを連続して行われます。だから,授業の途中でベルが鳴ることになるわけです。しかも,日本のような休憩時間(移動時間)というものがないので,授業の始まりは5分から10分くらい遅れます。1日11ピリオド,週5日なので,見かけ上は毎週55ピリオドの授業があるように見えますが,生徒も先生も,昼食のためにピリオド6か7のどちらかが必ず空けてある(したがって,オーバーラップの10分と合わせて40分の昼食時間があることになる)ので,1週間の授業時間数は50ピリオドとなるわけです。
 そして,驚くのは教員の授業時間数でした。オリバー先生の持ち時間はなんと週に43ピリオドだというのです。ほかの先生たちも大体同じくらいだそうです。移動時間もなしに次々授業をし,ほとんど立ちっぱなしの教員を見て,英国の教育に対する印象が大きく変わりました。それまで,英国(に限らず欧米)の教員というのは,少ない人数の生徒を相手に楽に授業をしているのではないかと思っていた私ですが,少なくとも学校にいる間は,英国の先生の方がほとんど休みなしに働いているように見えます。「私の1週間の授業時間は50分の16時間で,1日の授業時間は3時間くらいです」と言うと,「それをうちの校長に言ってくれよ」と言われてしまいました。もっとも,今の先生たちが生徒だった頃から土曜日は休みだったそうなので,土曜日に学校があるのはとても耐えられないでしょうし,日本の教員が授業以外にかかえている仕事量の多さやその内容を知れば,仰天するに違いありません。

 コーヒーブレイクの職員室は,とてもにぎやかです。女性どうしが集まって話をしていたり,ジャージ姿の先生もいる(もちろん体育の先生です)ところなどはよく似ていると思いました。違うのは,生徒は決してこの部屋に入ってこないことです。用事がある生徒は,ドアをノックして外で待っています。近くにいる先生が気づいてドアを開けて,誰に用があるのか聞いてやっています。

 10時25分のベルが鳴りました。先生たちが授業に向かいます。中庭では,まだ男女でふざけあっていたり,スナック菓子や紙パック入りのドリンクを手にしている生徒もいます。寒いため,ブレザーの上に色とりどりのブルゾンを羽織っている子も多くいました。概して,男子生徒は幼く見え,女子生徒の方が身体も大きく,大人びてみえます。オリバー先生は「生徒はどこの国でも怠け者だろう」と笑っていました。
 生徒が揃い,授業が始まったのは10時35分を少し過ぎていました。このクラスは金工です。エプロンをして,金属のパイプを加工しています。進度の遅い生徒のために,ブリティッシュ・エアロスペースを退職したエンジニアが手伝いにきていました。一緒に図面を描いたり,糸のこでパイプを切ったりしています。中には指をくわえている男子もいました。男子でもピアスや指輪をしている子がときどきいます。女子のピアスはもっと多く,4割くらいはいるように感じました。学校によって,男子のピアスは禁止しているというところもあれば,まったく自由のところもあります。 

 少々疲れてきたところで12時になり,食堂でランチをとることになってほっとしました。生徒はクラスごとに並んで順番を待っていますが,先生は並ばなくていいのだそうです。ここの先生は慣れているのでトレーとフォーク・ナイフを持ってすぐに窓口に向かいますが,私はなんとなく生徒に申し訳ないような気がしました。メニューは,パイやソーセージ,ビーンズなどで,私はフライドポテトとチキンパイ,それにレモン水を頼みました。生徒はレジで代金を払っていますが,先生は名前をサインするだけでした。職員室へ持っていって食べるときはお金を払うのだそうですが,食堂で食べる場合は,州の教育庁が負担してくれるのだそうです。多くの先生は食堂で食べています。先生も生徒も食べるのが速いのに驚かされます。オリバー先生はしっかりデザートのケーキ(クリームがかかっていて,ものすごく甘い)も食べていました。

 食事がすんで職員室に行くと,自分で持ってきた弁当を食べている人,バナナとサンドイッチの人,スープだけ飲んでいる人などさまざまで,女性はタッパーに入れたサラダを食べている人が多いようでした。日本の昼休みならそれほど落ちついてはいられませんが,やはり生徒が入って来ないのは大きく,先生たちはコーヒーカップを持ってのんびりしています。仕事と休憩がはっきり分かれているのはうらやましいと思います。

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