英国の学校教育−−1993年・秋

(2)カーヒル・ハイスクール

10月11日(月曜日)
 さて,ホームステイ初日が何とか過ぎ,月曜の朝が来ました。ついに学校研修の始まりです。「校長先生はどんな人だろうか,何とあいさつしようか」などとニッサン・メガラの助手席で考えました。メガラは,日本でいうマーチです。途中,モーターウエイのジャンクションで車線が合流するところがあり,デヴィッドが「ここはいつも渋滞するから,車線を増やす工事中だ」と言います。渋滞といっても,日本の感覚からすると車がのろのろ動いているだけで「可愛いもの」なのですが,それでも現在の3車線からさらに増やしているのです。しかも通行料はタダ。教育が大学まで無料なのと共通するものがあります。
 日本なら,高速道路がない地域の人や大学に行かない人から有料化の意見が出るかも知れないし,それらを利用する人も有料でしかたないと思うでしょう。高速道路を使えて利益を受けるのだから通行料を負担するのは当然というのも一理あるように思えますが,通行料を払って高速道路を通ろうという人が少ない地域では,いつまでたっても高速道路は造られないということにもなります。私の出会ったイギリス人に言わせると,道路や教育のために高い税を支払っているのだから無料なのが当然さ,ということになりますが,イギリスでも全国にモーターウエイがあるわけではないので,そういうものがない地域の人がどう思っているかはわかりませんでした。それからもう一つ,townとcityの違いは何かというと,カテドラル(大聖堂)があって大学があるのがcityなのだそうです。

 オリバー先生の家を出たのが8時05分。学校に着いたのが8時35分でした。学校はプレストンの西およそ10キロのカーカムという町にあり,周囲は農業地帯です(田園地帯と書きかけて,イギリスに田はないなと思ってやめました。もっとも,ベートーベンの交響曲で『田園』というのがありますが)。校舎はほとんどが二階建てで,一部に三階建ての部分があります。日本のように統一のとれた校舎ではなく,10年以上にもわたって少しずつ増築していったのがわかります。
 正面玄関を入ると「カーヒルハイスクールへようこそ」と書いてあり(英語でです),その下の壁にエリザベス女王の肖像が掛けてあります。玄関の右側に受付があります。学校の事務室というより,日本の個人病院の受付のような感じです。受付の下に出席簿の棚。廊下を右に進むと左右に校長室や教頭の部屋があり突き当たりが職員室です。まだ職員室にはほとんど誰も来ておらず,何人かが新聞を読んだりコーヒーを飲んだりしています。
 職員室といっても,日本のように事務机が並んでいるわけではありません。部屋の周囲にロッカーが置かれていて,窓に向かってカウンターが付いています。カウンターの上にはパソコンが数台。そこに椅子を持って行って書類をひろげている人がいます。椅子はプラスチック製で簡単に持ち運んだり重ねたりできるものです。ロッカーの上には大きな熊のぬいぐるみが一つ置いてあります。
 隅にガラス張りの小部屋がありました。「あれは何ですか」と尋ねると,「喫煙ルームだよ」とのこと。この学校の職員は60人あまりで,そのうちスモーカーは5人くらいだそうです。そのうちの一人の歴史の先生は,私の学校の国語の先生に雰囲気がそっくりだったので驚いてしまいました。

 オリバー先生について校長室へ行きました。まず3−4畳くらいの応接室があり,丸テーブルと椅子があります。その隣が校長室ですが,その狭さは驚くほどです。事務机と椅子と棚でほぼ一杯,応接室よりも狭いでしょう。校長はデーヴィスという人で,彼を見たとき私はケント・ギルバートさんを思い出しました。あいさつをしておみやげのしゃもじを渡しました。

 8時55分にベルが鳴りました。これから9時10分までが出席確認の時間です。ブルーのブレザーに黒のスカートまたはスラックスの生徒たちが続々と登校してきます。寒いせいでしょうか,女子でもスラックスをはいている子が結構います。ネクタイはブルーを基調に学年によって色の違うストライプが入っていてなかなかおしゃれでした。
 英国から帰って自分の学校の生徒に話をしたとき,「イギリスの学校って,もちろん私服なんでしょう?」とよく聞かれましたが,私が見聞きした限りでは小・中学校では私服のところはありませんでした。それどころか,「服装の乱れや教師への非礼は厳しく指導する」とカーヒルの学校案内には明記してあります。「当然私服だろう」と思うのは,どうやら「外国=アメリカ」という印象が強いためのようです。「欧米の学校」とひとくくりにするのは無理があるなと感じました。

 玄関の左側に食堂とホールがあり,そこを右に曲がっていったん中庭に出,技術教室棟に向かいます。生徒たちは教室の大きなテーブルのまわりの椅子に座って待っています。オリバー先生が出席をとったあと,私を紹介してくれました。日本では8時30分から夕方まで授業がある,そして土曜日も休みでないなどと彼が言ったせいか,私があいさつしたあと「日本に来てみたい?」と聞くと前の方の女の子がにやりと笑って「ノー」と答えました。

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