現代では,国際的に財・サービス・労働力・資本などが活発に移動しており,経済の国際化・グローバル化(地球化)と言われる。そのような国際的な経済活動の代表例が,貿易である。
貿易は,国際分業の利益を追求するものである。各国がそれぞれ,自国の得意な(生産性の高い)商品を生産して輸出し,不得意な(生産性の低い)商品は輸入すれば,世界全体の生産量は増大し,各国ともより豊かになれる,というのがその理屈である。これを説明したのが,イギリスのリカードであり,その理論は「比較生産費説」と言われる。これを,次の例で見てみよう。
ある学校で,グループ研究の課題が出された。A君とB君の2人が,これに取り組むことになった。内容は,「英文を日本語に訳すこと」と,「訳した日本語をワープロで清書すること」の2つである。2人が試しに英文和訳とワープロ作業をしてみると,それぞれ下表のような結果となった。
英文和訳 | ワープロ作業 | |
A君 | 120分 | 100分 |
B君 | 80分 | 90分 |
英文和訳もワープロも,A君よりもB君のほうが能率がいいのだから全部B君がやれば合計170分でできるが,これではB君ばかりが疲れてしまうし,A君は何もしていないので課題を提出できず単位がもらえない羽目になるだろう。そこでA君B君ともに何らかの作業をして,2人に利益があるように分業するのである。
では,英文和訳とワープロ作業の合計時間が最も短くなるのは,どの場合だろうか。
(1)A君が英文和訳でB君がワープロなら 120分+90分=210分
(2)A君がワープロでB君が英文和訳なら 100分+80分=180分
この2つでは,(2)のほうが合計時間は30分も短い。つまり,こちらの分業のほうが,全体の生産性が高いことになる。このような分業をすべきだというのが,比較生産費説である。リカードは,ポルトガルのワインとイギリスの毛織物を例に,「イギリスが毛織物,ポルトガルがワインを生産し,交換すれば,互いに利益が大きい」と主張した。貿易の利益を重視しているこのような考え方は,「自由貿易主義」とよばれる。
ところが,自由貿易によってすべての国が利益を受けるかというと,実際はそうではない。リカードの例でいうと,先に産業革命をなしとげたイギリスは農業よりも工業が相対的に有利だということになっている。ところが,農業と工業とは,「ペティ=クラークの法則」で知られるように産業構造の高度化の程度が違う。つまり,農業国もいつかは工業国になりたいのである。しかし,リカードの例では,「ポルトガルはいつまでも農業をやっていればいい」ということになる。
これから工業化を進めようとする(今はまだ工業の競争力が弱い)発展途上国は,自由貿易では競争に勝てない。だから,リカードと同時代のドイツ人リストは,未熟な自国産業育成のためには保護関税を課して他国の商品の輸入を防いだり,補助金を出して産業を育成する必要があるという,「保護貿易論」を説いた。ドイツが,まだ発展途上国だった時代である。なおリカードは,工業製品に限らず農業の自由化も主張し,農業保護を唱えるマルサス(「人口論」で知られる)と対立した。
もっとも,自国の産業がまだ弱いからと保護してやればその産業が成長するとは限らない。逆のこともあり得る。次の2つの例で考えてみよう。
(1)子どもが勉強が苦手だからと,親が宿題を手伝ってばかりいると,子どもの学力はいつまでたっても伸びないだろう。これは,「成績」と「学力」を混同してしまっているための落とし穴だ。
(2)過疎地の小規模学校で,教員配置が少なくて複式学級の方式がとられていることがある。これは,一人の教師が3・4年生の授業を一度に担当するやりかたである。3年生と4年生が同じ内容を学習するわけではなく,先生が4年生を指導している間は,3年生は与えられた課題で作業学習しているのである。単純に考えると,1学年に一人の教師がいるのにくらべて教育条件が悪くてけしからん,と思われそうだが,実は複式学級の方が学力が伸びるという研究結果がある。なぜだろう?
水平的分業=先進国間の,工業製品どうし,完成品どうしの分業 垂直的分業=展途上国の一次産品・労働集約的な商品と,先進国の資本集約的な完成品との分業 |
最初にあげた英文和訳とワープロ作業の分業は,水平的分業型と言えるだろう。もしも,ワープロ作業とゴミ捨ての分業なら,垂直的分業という感じになる。
ある国が1年間におこなった国際取引は,国際収支で表される。
国際収支は,大きく「経常収支」と「資本収支」に分けられる。
経常収支 貿易・サービス収支 貿易収支(商品の輸出入) サービス収支(旅行・保険・運輸など) 所得収支(雇用者報酬,投資収益) 経常移転収支(無償援助,賠償金,ノーベル賞の賞金など) |
資本収支 投資収支 直接投資(企業経営目的) 証券投資(利子・配当目的) その他資本収支 |
経常収支も資本収支も,支払った額と受け取った額の差額であり,支払いが多ければ赤字,受け取りが多ければ黒字となる。つまり,輸出額が輸入額よりも多ければ,「貿易収支が黒字」であり,自国から外国への投資額よりも外国から自国への投資額のほうが多ければ「資本収支が黒字」となる。貿易収支は,経常収支の多くを占めるから,先進工業国では「経常収支は黒字で資本収支が赤字」というパターンが多い。日本はとくに経常収支の黒字が大きすぎる(輸出で儲けすぎている)という批判を昔から受けている。なお,資本収支が赤字になるのは,外国の企業を買収したり外国企業に出資するからであり,その赤字は,将来は投資利益となって返ってくることが期待されているのである。(資本収支についてはこちらのリンクを参照)
国際収支のあらわし方は,1996年に一部変更されて現在の方式になった。それは,海外旅行や海外との通信・金融が急増しているのに対応し,サービスの取引実態を明確にするためであった。また,それまではドル表示だったものが,円表示に変わった。
基本を覚えよう。
国際収支の基本 |
国際収支が黒字=受け取り超過=外貨準備増加 国際収支が赤字=支払い超過=外貨準備減少 |
貿易には,かつてはイギリス・ポンド,のちにはアメリカ・ドルが主に用いられてきた。それぞれの時代で最も力を持つ国の通貨が,最も信頼できるからである。そのような通貨を,基軸通貨(キー・カレンシー)という。
海外との取引は,外国為替が用いられる。為替には内国為替と外国為替があり,どちらも遠隔地に現金を送らずに決済する手段として使われている。ただし,外国為替の場合には,異なる通貨間での交換比率が必要となる。その比率が為替相場(為替レート)である。実際の貿易では,輸入側企業の依頼によってその国の銀行が「信用状(L/C)」を発行する。これが届けば,輸出側企業は代金を支払ってもらえるとわかるので,商品を出荷する。従って,信用状の発行状況を見れば,近い将来の輸出入の動きがわかることになる。
現在1ドル=120円であるとする。日本の企業が100万ドル分の輸出をする場合,1億2000万円の収入になる。(120円×100万)。このように,ドルで価格表示をすることを「ドル建て」という。もしも1ドル=100円になったとすると,収入は1億円になってしまう。(100円×100万)。同じ100万ドル分の輸出をしても,為替相場の変動によって2000万円も収入が減ってしまったことになる。こうして生じた損を,「為替差損」という。なお,最初から円で価格表示をしておくことを「円建て」と言い,仮に1億2000万円分の輸出という契約になっていれば,1ドルの値段がいくらになっても,1億2000万円の収入があることになる。現在では,日本の輸出の約4割,輸入の約2割が円建てである。これは,それだけ日本の経済力が高くなったことを示すが,日本が加わらない国の間での貿易で円が使用されるケースはほとんどない。これに対し,たとえば日本と韓国の間の貿易でドルを使用するということは普通であり,それがドルが基軸通貨であることの現れなのである。
1ドル=120円 → 1ドル=100円 という変化が 円高・ドル安 1ドル=120円 → 1ドル=130円 という変化が 円安・ドル高 |
である。円高とか円安とは相対的なものであり,1ドル=130円なら円安,などという絶対的な基準があるのではないことに注意しよう。
基本は,需要の多い通貨は値上がりするということである。これは,通貨に限らず市場メカニズムの大原則である。たとえば旧作のビデオソフトは1週間100円で借りられるが新作の人気作品は1泊2日で400円だったりする。
為替相場について見ると,日本からの輸出超過(貿易黒字)は,円高をもたらす。なぜなら,支払われた外貨を日本企業は日本円に替えようとする(=日本円の需要が増大する)からである。
では,どのような場合に,通貨の需要は増えたり減ったりするのだろうか。いくつか例を挙げてみる。
・貿易収支の黒字が大きい国の通貨は需要が増える。(理由は,信用が高まるので,その国の通貨で外貨を保有しようとするから)
・金利の高い国の通貨は需要が増える。(理由は,世界中からその国の銀行に預金しようとするから,アメリカの金利が高ければアメリカ・ドルの需要が高まるから)
・インフレが進む国の通貨は需要が減る。(理由は,お金で持っていても価値が下がっていくから,その国の通貨を売ってしまおうとするから)
言い換えると,経済成長率が高く物価が安定している国の通貨は需要が増える。
なお,市場メカニズムだけでなく,通貨当局が積極的に介入する場合もある。急激な円高が進んだときに日銀が「円売り・ドル買い」介入をするのがその例である。
●円高になった場合の影響
ドル価格は同じでも円に直すと価格が下落する。そのため,日本の輸入に有利で,輸出に不利な状況となる。輸入業者には,円高差益が発生する。これを消費者に還元すれば輸入品が値下がりすることになる。いっぽう輸出品のドル価格は値上がりする。そのため,
円高は「日本の輸出減・輸入増」をもたらすはず(貿易黒字を減らす働きがある)
と考えられる。
しかし・・・・それは理論であって,実際の経済では次のようになることがある。
それまで120万円かかっていた1万ドルの商品を,110万円くらいで生産できるような合理化を,がんばって徹底的に進めてしまい,1ドル=100円でも何とかやっていけるようになってしまうため,「日本経済はもっと円高でも耐えられる」ということになってしまい,ますます円高が進む結果を招いてしまう,ということがありうるのである。
円高は,輸出産業にとっては打撃となるが,すべてがマイナス要因ではない。円高になると,輸入に頼る原油価格が下がるから,電力料金は引き下げられる。これは円高によるマイナス影響を緩和する働きを持つ。
●円安になった場合の影響
ドル価格は同じでも円価格は上昇する。そのため,日本の輸出に有利で輸入に不利な状況となる。円安の場合には輸出産業は「円安差益」を得る。しかし,企業は「円高で大変なんです,ヒーヒー」とは言っても,「円安で儲かってます,イッシッシ」などとは言わないものである。これまでで最も円高が進んだ例として,1ドル=80円にまでなったことがある。それに比べれば,1ドル=120円の現在は,同じ1ドルのものを売っても,日本円に直すと5割も売り上げが多い計算になる。だから,円高がいいとか悪いとか一概には言えないのである。