4.日本経済の諸問題

(3)日本経済の諸問題

h.社会保障と社会福祉

 人間は誰でも,何かの不安を持っている。失業,貧困,病気などさまざまであり,仮にそれらに無縁の人でも,老いを避けることはできない。そのような不安から人々を守り,最低限度の生活を保障するものが社会保障である。

社会保障の歴史(欧米)
 社会保障の先駆けとされるのは,1601年にイギリスで施行された救貧法(エリザベス救貧法)である。これは,働ける貧民には恩恵として(権利としてではなく)仕事を与え,働けない極貧者だけを救済するものであった。19世紀後半のドイツでは,ビスマルクによって社会保険制度が初めてつくられた。同時に社会主義者鎮圧法もつくられ,アメとムチの政策と言われるが,その「アメ」にあたるのがこの社会保険制度である。内容は,疾病(しっぺい)保険,災害保険,廃疾養老保険であり,現在でいうなら労災保険に相当するものだった。失業保険はなかったことに注意が必要である。失業保険が最初につくられたのは,1911年のイギリスのことである。
 1935年にはアメリカでニューディール政策の一環として社会保障法がつくられた。これは世界大恐慌後の大量失業に対し,失業保険や年金保険をつくったものである。医療保険は含まれていない。全国民を対象とする医療保険は,現在に至るまでアメリカには存在しない。これは民間の保険に入れない低所得者には大きな問題である。
 イギリスでは,第2次世界大戦中の1942年にベバリッジ報告が出され,それに基づいて戦後に全国民を対象とした社会保障がすすめられた。失業者だけとか老人だけではないという意味で,「ゆりかごから墓場まで」という表現が使われた。

社会保障の歴史(日本)
 日本の社会保障の先駆けと言えるのは,1874年の恤救(じゅっきゅう)規則である。これは公的扶助(生活保護)の一つであるが,権利として認めたというよりは,人民の助け合いが及ばない極貧の人だけを恩恵として助けてやる,というものだった。「恤」は「恵む」の意である。
 1922年には健康保険法が制定された。これは民間労働者本人を対象としたものだが,業務上の傷病(今でいう労働災害)についても保険料の半額を労働者に負担させるものだったため,各地で反対運動も起きた。(現在の労災保険では,労働者の保険料負担がない)
 さらに1941年には労働者年金保険法,1944年には厚生年金保険法がつくられた。前者は従業員10人以上の事業所に勤める男子が対象,後者は従業員5人以上の事業所に勤める男女が対象で,後者の制定にともない前者は廃止された。
 なぜ戦争中のこの時期に,年金保険法がつくられたかについては,次の事情がある。年金保険は,20年程度の加入が必要である。と言うことは,年金制度ができても最初の20年間は,保険料を払う人ばかりで,年金を受け取る人はいない。つまり年金の原資が貯まっていくだけである。すなわち,戦争が激化していくこの時期に新しい年金をつくるということは,支払われた保険料を軍事費に転用するという目的が大きかった。他には,兵士の健康を確保するためという側面もある。なお,日本の戦前の社会保険には,失業保険や労災保険はなかったことに留意しよう。

 戦後は,生存権を保障した日本国憲法第25条を具体化するものとして,4本柱で社会保障がすすめられた。4本柱とは,公的扶助,社会福祉,社会保険,公衆衛生である。

公的扶助
生活困窮者へ経済的援助をすることである。具体的には生活保護がその中心となる。

社会福祉
 児童・老齢者・心身障害者など,社会生活において不利な条件にある人の福祉を向上させるものである。経済的条件以外で,生活していく条件・能力について援助が必要な人を支援するものである。たとえば親が働いている小学生を放課後も預かる学童保育(児童館活動)とか,高齢者・障害者福祉の増進がこれにあたり,お金の有り無しには関係なく必要である。

社会保険
さらにいくつかに分類される。
(ア)医療保険
 全国民が,何らかの医療保険に加入している。すなわち,国民皆保険である。
 雇われて働いている人の被用者保険(健康保険,共済保険など)と,自営業者などの地域保険(国民健康保険),70歳以上の人を対象とする老人保健(これは「保険」ではないことに注意)に分けられる。被用者保険では,本人が医療を受けるときは2割負担(すなわち8割を保険給付),家族は3割負担である。国民健康保険では,3割負担である。何だか国民健康保険のほうが自己負担が多くて損をしているみたいだが,もともとの保険料が異なるので一概には言えない。被用者保険の保険料は所得に応じて変化する。国民健康保険は,市町村によって保険料が異なる。被用者保険の自己負担は以前は1割だったが,2割にアップされた。これは健康保険財政の悪化によるものである。老人保健でも,かつてはゼロだった自己負担額が,次第に増やされつつある。

(イ)年金保険(公的年金)
 全国民が,何らかの年金保険に加入している。すなわち,国民皆年金である。
 20歳以上の全員が加入しているのが,国民年金である。基礎年金ともいう。以前は国民年金は,20歳以上でも学生は加入しなくてよかったが,現在は全員加入である。保険料は月額13300円。これを60歳まで(40年間)加入した場合,65歳から月額約5万円の年金を受けられる。これを老齢基礎年金という。これを受け取るには,原則25年の加入が必要である。つまり年金制度ができて25年間は,掛け金を納めるだけで年金を受け取る人はいないことになる。(実際は,障害を持った場合に障害基礎年金を受け取ることができるので,25年以内でも年金を受け取ることはあり得るが)。次第に受給者が増え,老齢者の全具に年金が行き渡るまでには,1世紀近い年月を要する。これを「年金の成熟」と言うが,日本では急激な高齢化に伴い,年金の成熟も速いスピードで進んでいる。
 民間企業に勤める被用者が加入しているのが厚生年金である。実際には,全国民加入の国民年金(基礎年金)に上乗せする形で,保険料を払い年金を受け取ることになる。保険料率は所得に比例しており,本人と使用者が折半して負担する。これまでは60歳から支給されていたが,今後は順次支給開始年齢を繰り下げ,20年後には,65歳にならないと支給されないことになる。厚生年金と同様の制度で公務員が加入しているのが共済年金である。
 なお,学生は無収入でも国民年金の保険料を支払わなくてはならないが,夫が厚生年金・共済年金に加入している主婦は,手続きをすれば,自分で保険料を払わなくても自分の厚生年金を受け取ることができることになっている(第3号保険者という)。これは,女性の年金受給権を確保するという意味がある半面,女性の社会進出を阻害しているという批判もある。女性が自分で働いた場合,年収が130万円を超えると自分で社会保険に加入することになる。そのため,その保険料負担を避けるため,女性のパート労働の賃金が低く抑えられているとの指摘もある。
 国民年金(基礎年金)に係る費用の3分の1は,国庫負担(つまり税金から支給する)となっている。これは厚生年金・共済年金の基礎年金部分も同じである。
 日本の年金は,かつては「積立方式」をとっていた。これは,在職中の積み立てを自分の年金に充てるものである。在職期間は変わらなくても,年金は生涯もらえるのだから,平均寿命が延び,年金受給人口が増えると,年金財政と国家財政ともに悪化することになる。積立方式に対し,「賦課方式」と言われるものがある。これは,その年の若年層の保険料をその年の給付に充てるものである。日本の年金制度は,一部賦課方式を導入した「修正積立方式」に変わっている。

(ウ)雇用保険(失業保険)
 失業後の一定期間,賃金の約6割を給付するものである。支給期間は,失業前の勤続期間や年齢によって異なり,長期間勤続や高齢者ほど,支給期間が長い。雇用保険を受給するには,公共職業安定所(ハローワーク)に定期的に出頭し,認定を受ける必要がある。(つまり,仕事をしたくて探しているのに仕事がないから受給できる)。

(エ)労災保険
 保険料は使用者と政府が負担し,労働者は負担しない。負傷の場合は賃金の60%を給付,死亡の場合は1000日分を給付する。労働災害は,仕事上の原因で疾病・負傷・死亡することだが,必ずしも職場での事故だけが対象ではない。通勤途中の事故とか,海外出張が多いために脳疾患で死亡したなどの場合も労災認定される場合がある。

(オ)介護保険
 2000年4月にスタートした。40歳以上の全国民が加入し,月額平均3000円(市町村によって最大2倍程度の差がある)の保険料を払う。(医療保険の保険料と同時徴収される)。65歳以上で介護認定されると,認定度合いに応じて介護サービスが受けられる。従来は市町村の公的サービスとして行われ自治体により格差が大きかったり,家族の負担が負担が大きかったのを,社会保険でまかない高齢社会に対応しようとするものである。なお,介護認定が適切になされるかどうかという問題や,サービスを受けるためには1割の自己負担が必要であるために経済的理由からサービスを受けられない懸念が指摘されている。

公衆衛生
 保健所や公立病院の整備,HIVなど感染症の予防,公害対策など,国民の健康を維持促進するものである。


高齢社会
 グラフ読みとり問題が頻出である。複数のグラフが出された場合,それらを組み合わせて何が読みとれるかをしっかり考えよう。キーワードとしては,「定年延長」「高齢者の再雇用」「高負担・高福祉か,低負担・低福祉か」「シルバー・ビジネス」「ボランティア」「バリアフリー」といったところか。

目次に戻る