4.日本経済の諸問題

(3)日本経済の諸問題

g.労働問題

 近代社会では,身分制や封建制は否定され,個人の自由を基礎として社会が成り立っている。だから,やりたい仕事を選んだり,働きたい会社の採用試験を受けることができるのである。ところで,その際に,労働者が会社を選べるのと同時に,会社側は労働者を選ぶことができる。これは,一見対等のようであるが,実際は違っている。なぜなら,労働者は,賃金などで不満があっても結局はどこかで働かなければ生きていけないので,「一番いい条件の会社を選ぶ」とはいっても現実には「どこも満足できないがその中ではましな条件の会社」を選ばざるを得ないからである。
 その結果,労働者は,「低賃金・長時間労働・失業・年少者や女性の酷使」といった,労働者側に不利な条件を受け入れざるを得なくなる。これが労働問題である。労働問題は,産業革命の進行・工業化とともに深刻化した。たとえば1832年のイギリスの報告書では,12,3歳の少女たちが朝3時から夜10時半まで,ほとんど休みなしに働かされた実態が記されている。

世界の労働運動
 このような実態に対し,労働者は反発した。そこから労働運動が起こるが,初期には,衝動的・散発的抵抗であった。たとえば,1810年代のイギリスで起こったラッダイト運動は,「機械が仕事を奪っている」と考えた労働者による機械打ち壊し運動であった。だが次第に,労働組合の結成やストライキなど,組織的な運動に変化していく。
 当初,労働運動は,資本家の経済活動の自由を侵す「犯罪」とされ,徹底的に弾圧された。たとえばイギリスでは,1799年に団結禁止法が制定され,賃上げや労働時間短縮を要求してストライキをすると3ヶ月以内の懲役とされた。この法律が廃止されるのは,1824年のことである。
 さらにイギリスでは1833年に,工場法が制定された。この法律では,9歳〜13歳の労働時間は一日9時間に制限されるなど,長時間労働や児童労働の制限が盛り込まれた。もっともこの法律は,労働者の保護自体が目的と言うよりは,労働がきつすぎると工場労働者が確保できないので経営者のほうが困るという事情が大きかった。これは,1911年制定(1916年施行)の日本の工場法でも同じ事情である。
 イギリスでは1838年に男子普通選挙を求めるチャーチスト運動が起きた。1871年には,労働組合法が制定されている。
 1886年にアメリカで,8時間労働制を要求するストライキが起きた。これがメーデーの起源とされている。1906年にはイギリスで労働党が結成された。世界大恐慌後の1935年には,アメリカで全国労働関係法(通称・ワグナー法)が制定された。なおアメリカでは,第2次世界大戦後の冷戦初期1947年には,労働者の権利を制限するタフト=ハートレー法が制定されたことにも注意を要する。1955年には,アメリカでAFL=CIOが発足している。AFLは1886年結成の熟練労働者の組合,CIOは1938年結成の不熟練労働者の組合である。

日本の労働運動(戦前)
 1897年には,「労働組合期成会」が結成されている。その指導により同年に結成された「鉄工組合」が,日本で最初の労働組合である。これは,造船所・鉄道工場・砲兵工廠などの労働者がつくったものであったが,1900年制定の治安警察法により,労働組合期成会とともに1901年に解消している。
 治安警察法などの治安立法によって労働運動が抑圧される中,1911年には工場法が制定された。しかしこの法律は,小規模事業所は除外されたり,産業界の反対によって施行が1916年に延期されるなど,実効性の乏しいものだった。1912年には鈴木文治らによって「友愛会」が結成されている。この団体は,労働者が相愛扶助し道徳を高めることを目的とした。つまり,労働者が団結して経営者側とたたかうというものではなかった。
 1921年には「日本労働総同盟」が結成される。これが戦前の労働組合の主流であった。1920年には日本最初のメーデーが行われている。しかし,戦前のメーデーは1935年を最後に以後禁止された。

日本の労働運動(戦後)
 第2次世界大戦後の民主化指令で,多くの労働組合が結成される。日本国憲法では勤労権(第27条),労働基本権(第28条)を保障し,労働基準法,労働組合法,労働関係調整法の労働3法も制定された。
労働組合の全国組織としては,総評,同盟が2大組織となった。特に総評は,毎年春に賃上げ闘争を行った。これが春闘と呼ばれるものである。1980年代に入ると労働運動の再編が進み,1989年には総評・同盟などが再編された「連合」が結成された。

労働3法
労働基準法,労働組合法,労働関係調整法を総称して労働三法という。

労働基準法
労働条件の最低基準を定めるものである。
具体的には,労働時間は1日8時間,1週40時間以内でなくてはならない。

時間外・休日労働
 1日8時間,1週40時間,週1回以上または4週4回以上の休日というのが原則だが,それを超えた労働を命じることが組合との協定により可能となる。この協定を三六協定という。その由来は,この協定が労働基準法第36条にもとづくからである。なお,法定内で所定労働時間以上の労働をさせる場合には,協定は不要である。(たとえば所定労働時間が週38時間で,2時間の時間外労働をさせる場合など)。この協定によればいくらでも時間外労働を命じることができるのかどうかについては争いがあり,この規定が日本の長時間労働の一因であるという指摘もされている。
 現実には日本の企業では残業が恒常化している。時間外労働には,2割5分以上5割以下の割増賃金を支払わなければならない,と規定されているが,割増賃金を支払ったとしても,時間内労働の労働者を多く雇って残業をなくすよりは安上がりだと,企業は考えるからである。水曜日あたりに「ノー残業デー」が設けられていたりするのも,それ以外の曜日は残業が当たり前になっていることの現れか。なお,残業しても記録に残さず手当もない「サービス残業」とか,仕事を家に持ち帰る「ふろしき残業」なども多いことが指摘されており,1992年の総務庁調査では年間500時間にものぼっている。

年次有給休暇
 休んでも賃金を引かれることのない休暇である。6ヶ月以上継続で8割以上勤務したものに年間10日与えられる。1年6ヶ月勤続で11日,2年6ヶ月勤続で12日となる。3年6ヶ月では14日,4年6ヶ月では16日,5年6ヶ月では18日,6年6ヶ月で20日となる。それ以上の勤続では増えず,最高20日である。ただし日本では,年次有給休暇の取得率は約5割に過ぎず,10割取得が当たり前のヨーロッパとは大きな差がある。

賃金
 賃金は,毎月1回以上,通貨で直接労働者本人に全額支払うという原則がある。賃金の最低額については,別に最低賃金法を設け,産業別あるいは地域別に定めている。その額は県ごとに異なり,毎年改定される。

労働組合法
労働組合の要件や労働協約・不当労働行為について定めるものである。
 労働協約とは,労働条件や組合員資格について使用者と組合の間で結ぶもので,使用者と労働者個人の間で結ばれる雇用契約よりも優先する。ただし,労働基準法に反する(労働基準法の最低基準よりも悪条件の)労働協約は無効であり,その部分は自動的に労働基準法の規定が適用される。
 労働組合は,使用者側と団体交渉を行う権利が保障されている。団体交渉が合意に達しない場合,ストライキなどの争議行為を行う。正当な争議行為については,刑事上・民事上の免責が認められている。つまり,業務妨害の罪に問われたり,損害賠償の責任を負わされることはない,ということである。ただし,ストライキは労働をしない闘争であり,ストライキ時間分の賃金は支払われない。
 公務員の労働基本権の制限についても,目を通しておこう。

不当労働行為
 使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否したり,組合活動を妨害することを不当労働行為といい,労働組合法で禁じられている。救済手段として,労働委員会への申し立てが保障されている。なお現在の日本では,組合側から使用者側に対する不当労働行為は規定されていない。

労働関係調整法
労働争議の調整を定めるものである。
 労使間の話し合いだけで紛争が処理できない場合,労働者側委員・使用者側委員・公益代表委員からなる労働委員会が,調整を行う。調整には3段階あり,効力の弱い方から順に「斡旋」「調停」「仲裁」である。

労働問題に関する最近の状況
変形労働時間制
 一定期間(たとえば3ヶ月)の平均労働時間が法定労働時間内であれば1日の労働時間が8時間を超えてもよいとする制度。1998年の労働基準法改定で認められた。

フレックスタイム制
 コアタイムと呼ばれる一定の時間帯(たとえば10時から15時)に出社していれば,その前後の出勤・退勤時間は労働者個人で調節できる制度。

派遣労働
 労働者が派遣会社と契約し,派遣会社が紹介した企業で働く労働形態。たとえば,コンピュータ・プログラミングの技能を持つ労働者が,派遣会社の紹介によって,コンピュータ・ソフトウェアの会社で働く。労働者側から見ると,自分の希望にあった条件(勤務時間や賃金)の会社を見つけやすいということになるが,ソフトウェア会社から見ると,忙しいときだけ雇い,仕事がなくなれば簡単に辞めさせられるということになる。

日本的雇用形態の変化
 かつては,「終身雇用制」と「年功序列賃金制」が日本の(特に大企業の)特徴とされた。終身雇用制とは,企業がいったん雇用すると,よほどのことがない限り定年までの雇用が約束されている制度,年功序列型賃金制とは,同一企業に長く勤めるほど賃金が上がっていく制度である。この2つから,労働者は転職せず同じ会社に勤め続けようとし,そのため,企業への忠誠心を高め経営に協力する。これに企業別労働組合を加えたものが,日本的雇用形態の代表とされ,それが日本経済が強い原因とされていたのである。しかし近年は,年功序列から能力主義・成果主義へと賃金体系が見直されている。(能力や成果をいかに的確に評価するかが,大きな問題となっている)。労働者側でも,転職への抵抗感が低下した。

 なお,これ以外にも労働問題をめぐることがらは大変多い。

目次に戻る