第4次中東戦争をきっかけに石油ショック(第1次石油ショック)がおこった。それ以前から紙の値上がりなど,インフレーションが激しくなっていたが,洗剤やトイレットペーパーの買いだめ騒ぎが起き,ガソリンや灯油は急騰した。1974年には,戦後はじめて,実質経済成長率がわずかながらマイナスとなった。生産は停滞しているのにインフレーションは引き続き進行した。このような状態を「スタグフレーション」という。
不況対策として,赤字国債の発行,省エネルギーの推進,企業の減量経営がすすめられた。
1979年にはイラン革命をきっかけに第2次石油ショックがおこった。世界同時不況の状態になったが,日本は,欧米諸国への特定商品(テレビ,VTR,自動車)の輸出増大でこれを乗り切ろうとした。このやり方は「集中豪雨的輸出」と非難され,激しい貿易摩擦を招いた。