英国の学校教育−−1993年・秋

(28)宗教教育

 11月17日(水曜日) 晴れて寒い朝です。
 朝のテレビニュースで,教育改革のニュースをやっていました。どうやら,教育白書が出されたようです。パットン教育相が出演し,「マンチェスターの教育は最悪だ」と言ったので,アランは怒って「なんの根拠があって言ってるんだ。マンチェスターが政府の思い通りにならないからあんなことを言いやがって」と語気を強めました。地方教育庁の力を弱めて各学校への直接影響力を強めようとする保守党政府のやり方に,彼はつねづね腹を立てているのです。 

 カーヒル・ハイスクールに着いて,午前中はレポート作成と歴史の授業(産業革命)を参観。そのあとのランチタイムで,宗教の話題になりました。日本の国家宗教は何かとか,日本人が宗教に対してジェネラス(寛容)だとか,そんな話です。日本では政治と宗教が結びつくことが民主主義の敵であるかのように極端に警戒しますが,イギリスにしても他の国にしても,政治と宗教はある程度結びついているのが普通のようです。政治の中に政教連携という装置が組み込まれていてコントロールしているわけです。
 「そんなもの,コントロールできるわけないんだから最初から切り離そう」というのが戦後日本の政教分離だったと思いますが,はたしてその結果はどうでしょう。日本人の宗教感覚は,寛容というより無知というのが当たっているようですが。

 多くの民族紛争が宗教対立を背景に持っていたり,「自由の国」アメリカでカトリック教徒の大統領が過去にたった一人しかいないなど,政治と宗教の関係をコントロールするのは大変な困難を伴います。アランが言うには,英国もごくゆっくりとジェネラスになりつつあるのだそうです。それはたとえば国教会式で行われるRemembrance Dayのサービスにユダヤ教徒も参列するなどの形であらわれているということですが,日本の仏教徒がクリスマスに教会に行くのとは,たぶん意味が違っているでしょう。 

 今日は宗教がよく話題になる日です。午後の最後の授業は宗教教育で,ヒンドゥー教の勉強でした。なぜヒンドゥー教を?と思いますが,英国にはインド系の市民も多いので,キリスト教,ユダヤ教に続いて多いのはヒンドゥー教なのです。仏教徒があまりいないから仏教はあまり学習しない,とのことです。
 授業のあと先生に「アイルランドでは宗教の授業はあるけど試験はなかったです」と言うと,「きっとローマカトリックのことしかやってないと思うわ」と言っていました。確かにアイルランドは熱心なカトリックの国ですから,そういうことはあるかも知れませんし,あるいは,イギリス人がアイルランドという国に対してそういう先入観を持っているということかも知れません。

 さて,今日はプレゼンテーション・イブニングの日です。今年の夏の卒業生(従って,そのうちのある者はこの学校の6thフォームに在籍しています)を学校に招く催しですが,日本の卒業式のような堅い感じではありません。第一,出席するアランや私は,放課後ブラックプールのレジャープールに行き,ビールを飲んでそれから学校に戻ったのです。午後7時20分から,学校のホールでプレゼンテーション・イブニングが始まりました。

 ホールには椅子が並べられ,左側に卒業生の保護者,右側に卒業生,その後ろに教職員が座ります。校長のあいさつ,在校生の劇と歌,ブラスバンド演奏のあと,成績証明書が手渡されます。GCSE何科目取得でそのうちAが何科目と一人ひとり発表されますし,プログラムにも書いてあります。そして学校ごとの成績が全国紙の教育新聞にも載るのですから,うかうかしてはいられません。

 120人の卒業生のうち,今日出席したのは50人くらいでした。半分以下の割合です。来てない理由は,親が関心がないか,インフルエンザ(この頃大流行していました)か,ちょうどこの日行われていたワールドカップサッカーの予選(イングランド対サンマリノ)を見ているかのどれかだろう,というのがアランの意見でした。うなずける気がします。

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