英国と聞いて私がまず思い出すのは,「小さな恋のメロディ(原題は"Melody")」という映画でした。しつけの厳しい小学校に通う二人(マーク・レスターとトレーシー・ハイドで,どちらも可愛かった!)が電車の高架線の下で結婚式をあげて手押しトロッコで草原の中を去っていくラストシーンは,ビー・ジーズの音楽とともに,強く印象に残っています。男女別々の教室や,体罰を加えるきびしい校長も登場します。伝統を重んじる学校や大人と,反発する子どもをうまく描いていると思います。
さて,英国の学校というと,パブリックスクールがとても有名です。米国ではパブリックスクールと言えば「公立学校」ですが,英国では「私立学校」を指します。この場合のパブリックという言葉は,会員でなくても利用できるゴルフ場をパブリックコースというのと同じ使い方です。パブリックスクールのイメージと英国紳士のイメージが共通するためか,典型的な英国の学校=パブリックスクールという印象をもつ人もいるのではないでしょうか。私自身,以前はそうでした。
その私が,1993年の秋に文部省若手教員海外派遣・連合王国団に参加し2か月間英国の学校で学ぶ機会を得ました。そして,英国の教育,とりわけ公立学校の教育から学ぶべき点が多くあると感じ,まとめたのが本文です。連合王国とは一般にいうところのイギリスのことで,イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドからなります。イギリスという表現はイングランドに由来しますので,この国全体を指すときに連合王国と記すのは適切なことだと思いますし,Britainの訳として英国というのも適切でしょう。ただ,連合王国というとどこの国のことかわかりづらいことと,私が見聞したのがイングランドの教育中心であったので,主にイギリスまたは英国と表記することにします。ただし,連合王国団と言いながら,アイルランド共和国にも1週間滞在したので,同国の教育にも触れてあります。
この文章は,1994年から1995年にかけてパソコン通信サービス「ニフティサーブ(当時)」のワールドフォーラム(FWORLDC)に「英国の教育」として連載した文章に加筆し,およそ100枚の画像を加えたものです。画像ファイル名は,アイルランドのものも含めて「uked***.jpg」としてあります。
まず,最近の英国の教育について簡単にまとめます。
1988年に教育改革法ができて,英国の教育は大きく変わりつつあります。改革の要点としては
1.それまでなかった学習指導要領(National Curriculum)がつくられた。競争原理の導入,選択の拡大がはかられた。
2.義務教育(プライマリースクール6年とセカンダリースクール5年の合計11年)を年齢によってキーステージ1−4の4段階に分け,それぞれの段階ごとの学習内容を定めて学力テストをおこなうことにした。本文中にYear7とあるのがセカンダリースクール1年生のことで,日本でいう中学1年生にあたる。
3.産業面での競争力を強めるために英語,数学,科学の重視を打ち出した。
4.地方教育庁経由でなく,学校が教育省から直接に補助金を受け取ることができる制度を創設した。このタイプの学校をGMSといい,これまでにGMSに移行すると決定した学校はイングランド全体で小学校2万校のうち300校,中学校4000校のうち600校とのこと。
などがあげられます。
このナショナルカリキュラムは,現場の教員にとっては人気があるとはいえません。この政策が保守党政権のもとで進められているために,労働党が強い地域では特に不人気です。反対の理由としては,政府が教育に対して口出しすることへの不満,科学重視への不満,地方教育庁の権限が奪われていくことへの不満などがあります。また,教育制度がたびたび変わりすぎることへの批判もよく聞きました。私が「日本の学習指導要領は大体10年ごとに変わります」と言うと,「それくらいでちょうどいいんだよ」と多くの教員は言います。
英国の学校には,公立か私立かという分け方とは別に,補助金を受けているかいないかによる分け方があります。補助金を受けてない学校はindependent schoolと呼ばれます。授業料だけで運営される学校のことで,パブリックスクールはこれに含まれます。一方,英国国教会やカトリック教会が設立した学校も多くあり,日本の感覚では私立学校ですが,運営費は政府が負担していて,授業料は無料です。私が滞在したランカシャー州では教会立の学校の割合は40パーセントで,これは全国平均より高いそうです。その理由は,ランカシャーは産業革命が起こった古い州で,古くから人口が多いので教会がたてた学校が多いとのことでした。
16歳でセカンダリースクールを卒業した後,ほとんどの生徒がGCSE(General
Certificate of Secondary Education)という試験を受けます。義務教育修了学力証明とでもいえるでしょう。この試験は,英語,数学,地理など科目ごとに行われますが,結果は点数ではなく,AからGまでの記号であらわされます。教育新聞には全国の学校ごとの試験結果が発表されるのです。受験者が何人で,A−Cを5科目以上とった生徒が何人,A−G1科目以上が何人という具合です。試験結果だけでなく,無断欠席率や,スペシャルニーズをもつ生徒の数も表示されています。
日本でこんなことをすれば,「学校間格差を助長する」と反発を受けそうですが,英国では,義務教育であっても自分の通う学校を選べるので,親や子どもは,発表された数字を見て自分に合った学校を選び,入学する学校を決めるのです。どの学校も同じであるべきだという考えでなく,近くの学校がいいとは限らないという柔軟な考えだと思います。といっても,日本のように小学生が電車を乗り継いで遠くの私立に通うという感じではなく,スクールバスが充実しているので,多くの場合は自分の住む地域(5キロから10キロ圏内でしょうか)の学校に通っているようでした。
大学まで含めて,大きな町の学校がよい学校という感覚はあまりないようです。田舎の小さな町にしゃれたお店がたくさんあるのと同様に,このあたりが地方分散型の英国らしいところだと思います。